【第十一話】「王都の影」

吹雪の山を越えて三日後、俺たちはようやく人間の王都にたどり着いた。

 雪解けの大河を背に広がる巨大な城塞都市。高くそびえる城壁は陽光を反射し、まるで純白の壁のように輝いていた。

 本来なら、ここは魔王様が人間と結んだ“平和同盟”の象徴の地――世界でもっとも平和な場所のはずだった。


 だが、街を包む空気は重く、沈んでいた。

 門前広場には検問の兵が列をなし、通行人を一人残らず調べている。住民たちは怯えたようにうつむき、誰もが口を閉ざしていた。


「……厳重すぎるな」

 俺が呟くと、隣でフードを深くかぶったアルトが低く返す。

「恐らく俺を探している。影の脱走者……いや、“魔王暗殺の容疑者”として」


 ルナが険しい顔をする。

「完全に追い詰められてるじゃない。どうやって中に入るつもり?」



---



 アルトは淡々と答える。

「俺にしか知らない道がある。王族を守るために作られた“裏道”だ。影として育てられた俺は、それを叩き込まれている」


 俺は思わず眉をひそめた。

「……王城の裏道まで把握してるってわけか」


「影は王子と同じ命を背負う。暗殺者がどこから来るか、どう毒を盛るか、どの時間帯に狙うか……すべて先に学ばされる。だから俺は、王城の隅々まで知っている」


 その声はどこか自嘲気味だった。

 ルナが腕を組んで言う。

「便利な駒として徹底的に仕込まれたわけね」


 アルトはわずかに笑って肩をすくめる。

「そうだ。だが今は、それが役に立つ」



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 俺たちは正門を避け、裏通りを進んだ。

 表の華やかさとは違い、そこには貧民窟が広がっている。雪解け水に濡れた石畳は泥だらけで、子供たちが薄い布を巻いて震えていた。


「……ここ、昔は魔王様が復興支援した地区よね」

 ルナが小さく呟く。

「ええ。あの方は、街の底辺から救っていった。けど……もうその影響は消えかけてる」


 俺は拳を握る。

 魔王様が十年かけて築いた信頼と絆が、暗殺によって崩れ去ろうとしていた。



---



 アルトが立ち止まり、壁に隠された古びた鉄扉を押した。

 ギィ、と鈍い音が響き、暗い地下への階段が現れる。


「……これが、影にしか知らされない抜け道だ。王城へと繋がっている」

「まさか、そんなものが……」

 ルナが息をのむ。


 アルトは振り返り、真剣な瞳で俺たちを見据えた。

「ただし忠告しておく。この中には俺と同じ“影”が配置されている。もし遭遇すれば……間違いなく敵になる」


 冷たい風が吹き抜け、鉄扉の隙間から暗闇が覗いた。

 そこに待つのは、影の同志か、敵か――。

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 その夜。

 俺たちは裏道へ入る準備を整えていた。

 だが、部屋の外から重い足音が近づき、宿屋の廊下に硬い声が響いた。


「王命により、宿泊者の検分を行う! 不審な者がいれば即刻報告せよ!」


 ルナが息を呑む。

「まずい……もう動き出してる!」


 アルトはフードを被り直し、短剣を手にした。

「この宿の者たちも巻き込まれる。騒ぎは避けるぞ」


 俺は頷き、窓を開ける。

 夜風が吹き込む中、兵の影が階段を上がってきた。



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 宿の扉が乱暴に叩かれた。

「開けろ! 検分だ!」


 主人の怯えた声が返る。

「す、すぐに! 客人が……!」


 アルトは壁際を走り、俺とルナに合図する。

「裏へ出るぞ。表からじゃ逃げられない」


 俺たちは屋根伝いに移動し、裏路地へ降りた。

 直後、部屋の扉が開かれる音が響いたが、俺たちの姿はもうなかった。



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 路地裏を抜け、アルトが先導する。

 細い道をいくつも曲がり、ついに例の鉄扉の前へ戻ってきた。

 周囲を確認し、錆びついた鍵を外す。


「行くぞ……ここから先は俺の領域だ」

 アルトの声には、かすかな緊張が混じっていた。


 暗い階段を降りると、湿った空気と冷たい石の匂いが漂う。

 壁には古い魔法灯が等間隔で灯っていた。

 誰かが定期的に手入れしている――そんな痕跡があった。



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 地下通路を進んでしばらくすると、空気が変わった。

 鋭い殺気が走り、俺は反射的に剣を抜く。

 闇の奥から、人影が一歩踏み出してきた。


「……やはり、来たか。アルト」


 低く響く声。

 現れたのは黒装束の男――アルトと同じ、“影”の者だった。

 その眼差しには血のような紅が宿っている。


「兄弟子……」

 アルトが苦々しく呟く。


「裏切り者を見逃すわけにはいかない。王都に災いを呼ぶ前に――ここで葬る」


 冷たい刃が抜かれ、通路に殺気が満ちた。

 俺は剣を構え、アルトに問う。

「こいつは……お前の知り合いか?」


 アルトは頷き、短剣を構えた。

「“影”として俺を鍛えた男だ。だが今は――敵だ」



---


 王都の地下。

 影と影が交わる闇の中、俺たちは新たな戦いへと踏み込もうとしていた。


【第十一話・完】

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