【第九話】「影と追跡者」
短剣と剣が幾度もぶつかり、耳障りな金属音が廃城に響いた。
黒き追跡者の動きはしなやかで、しかも重い。
一撃ごとに腕が痺れる。
「お前……何者だ」
「聞く必要はない。お前はここで終わる」
その目は、まるで感情を失った獣のようだった。
だが、俺の首を狙う刃の軌道は人間離れしている。
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◆
ルナが拘束を振りほどき、背後から魔力の奔流を放つ。
「《氷鎖》!」
床から氷の鎖が伸び、追跡者の足を絡め取った。
だが、それは一瞬。
追跡者は踵をひねり、鎖を粉砕すると再び間合いを詰めてくる。
「……化け物かよ」
「お互い様だろう」
わずかな隙に、俺は相手のフードを切り裂いた。
現れたのは――若い女の顔。
白銀の髪と紅い瞳。魔族の血を引く人間、いや……人間にしては気配が異質だ。
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◆
「……お前、魔王軍の者か」
問いかけると、女は口角をわずかに上げた。
「魔王軍? そんな古い旗はもうない。ただ――あの男を殺すためだけに生きている」
あの男。
彼女の視線の先には、暖炉の前に座る“影”の青年。
「俺か」青年は低く呟く。「理由は……聞かないでおこう」
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◆
黒き追跡者が再び短剣を構えたその時――
廊下の奥から複数の足音が近づいてきた。
甲冑の金属音。王国近衛兵だ。
「ちっ……厄介な時に」
追跡者は窓際に跳び、雪嵐の中へと飛び降りた。
吹雪に紛れてその姿はすぐに消える。
残されたのは、俺たちと“影”の青年、そして迫りくる近衛兵の気配。
「ゼファード、こっちだ!」青年が階段とは逆の扉を開ける。
選択肢はなかった。俺とルナはその後を追った――。
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◆
狭い通路を駆け抜け、崩れた壁の裂け目から雪原へ飛び出す。
背後では近衛兵たちの怒声と金属音が響き、廃城全体がざわついていた。
「こっちだ、足元に気をつけろ!」
影の青年は雪を蹴り、断崖沿いの獣道を選んで進む。
ここなら、甲冑を着た近衛兵は追ってこれない。
しかし――。
ルナが息を荒げ、肩を押さえている。さっきの小競り合いで切られたのだ。
「走れるか?」
「……無理じゃないけど、長くはもたない」
俺は頷き、背負って走ることを選んだ。
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◆
数百メートル先、岩場の陰で青年が立ち止まった。
吹雪の音に紛れて、彼が低い声で言う。
「……まず、名乗らせてもらおう。俺は〈アルト〉。第一王子レオンハルトの影として育てられた者だ」
「影……つまり、お前は王子の影武者ってことか?」
「正確には、王子の死や失踪時にその役を引き継ぐための保険だ。王家の闇の慣習だな」
ルナが眉をひそめる。
「じゃあ、本物の第一王子は?」
アルトは吹雪の向こうを見つめ、ためらいがちに答えた。
「……生きている。だが、この国にはいない。魔界に渡ったはずだ」
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◆
その言葉に、胸の奥がざわつく。
魔界――つまり、魔王が暗殺された件と王子の失踪が一本の線で繋がる可能性が出てきた。
「なぜ王子が魔界へ?」
「……それを知るのは俺と、もう一人だけだ。そのもう一人こそ――お前がさっき戦った女だ」
黒き追跡者。
ただの刺客ではなく、王子の行き先を握る存在。
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◆
その時、吹雪の切れ間から黒い影が見えた。
遠くの雪原を、あの女がこちらを見下ろしている。
次の瞬間、影は再び風に溶けた。
アルトが口を引き結び、言った。
「追跡者は必ずまた現れる。そして、彼女は俺を殺すまで止まらない」
俺は剣の柄を握りしめた。
「なら、次は逃がさない」
雪は相変わらず降り続け、遠く廃城の灯りが揺らめいていた――。
【第九話・完】
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