ダイアボローグ その4 上

 夕食は一人で食べると言って、菓子類や冷蔵庫内の加工食品と共に盆に載せ、2階の自室に引っ込んだ。


 親からは最近、反抗期らしいと思われており、その要求にもあまり驚かれなかった。

 やたらと多く見えるカロリーも、成長期特有の食事量と思えば、そこまで不自然ではなかったようだ。


 皿も自分で下げるから、取りに来なくていいと言い張るのも、思春期特有の精神状態だろうと、さして気にされていないようだった。


 トウマは自分の部屋のドアを苦心しながら開けて、中の小さなテーブルに盆を置いた後、廊下の気配を確認してから扉を閉じ、すぐに開けられないよう隣の低めな棚で塞いでから、クローゼットに安全を報告する。


「ぷはぁ~……!」

「ごめん、暑かった?」


 エアコンの設定温度を下げた方が良いか、そう思ってリモコンに手を伸ばすが、ナツは「いいよいいよ」と手を振って止める。


「私、温度の上がり下がりには強いからさ。鍛えられてるし」


 「それに」、

 彼女は何故か、りょうを求めて出てくるどころか、中に掛かっていた制服やコートを、毛布みたいにき寄せる。

 

「なんかここ、暑いってより、トウマの匂いが一杯でさ」

「出て!今すぐ!」


 洗濯済みとは言え、自分の服をがれて、そんな事を言われてしまえば、見せかけの余裕など何処どこへやら。

 自分の手で引っ張り出す勇気も無くて、懇願する以外の手段を知らず、焦って声を乱す少年の完成であった。


「えー?別に、イヤな感じじゃないよー?」

「僕がイヤだから出てください!ナウ!」

「はぁい」


 どうしてそんなに、「渋々しぶしぶ」といった様子なのか。

 都合の良いものから底無しの悲観まで、あらゆる妄想が駆け抜けて、彼の頭は破裂しそうだった。




 「調べたいから、“そっち側”に連れて行って欲しい」、

 ナツからそう願われ、トウマは彼女を連れて帰った。


 窓から中に入って貰ったのだが、その時の身軽さには目をみはるものがあった。

 ちょっとした足掛かりを見つけてスイスイとじ登り、音もなく上がり込んでしまった。


 手を貸すことで自然にれられないか、そう考えていた対異性弱者な彼にとって、見事に思惑おもわくを外されてしまった形である。


 そして今、家族の目を盗んでの、ひと部屋へやに男女二人きり。


 冷静に客観視すると、途轍とてつもなく大それた行為ではないか?

 と、おかしな気分になってしまいそうなので、トウマは深く考えないようにつとめた。




 かく、腹ごしらえである。

 

 自分用の箸以外に、こっそり持って上がっていたフォークをナツに渡し、豚肉のゴーヤチャンプルーを一緒につつく。

 

 「同じかまめし」、という言葉があるが、同じ小皿や茶椀の中身を分け合う経験は、彼にとって初めてのことだった。


 それも、女の子とのシェアである。

 彼女が特殊な人物でなければ、恋人気分にまで思い上がってしまっていたかもしれない。


 「特殊」、

 そう、彼女は変だ。


 まず出自が分からない。

 この町に住んでいないのに、あの山のあんなに奥に居る。

 そんなことは、有り得ないのだ。


 全く汚れていないわけではないが、洗われてはいるらしい、白いワンピースが違和感を加速させる。

 会話が普通に成り立つことも含めて、山の中をける野生児、というイメージにも当てまらない。


 じゃあ、彼女はどこから現れたのか?

 何者なのか?


 それよりも、彼女はちゃんと、「生きて」いるのだろうか?


 気配は稀薄だが、実在感はある。

 人外を思わせるようで、普通に気温で快不快を感じ、放っておけば腹も減る。


 概念的な存在を自称していたが、物理的な挙動しか見せない。

 青く発光することもないし、山から離れられないわけでもない。

 足も靴も普通だし、2階まで浮けるわけでもない。


 浮世離うきよばなれしているのに、どこまでも人間に近い。

 矢張り、「幽霊」より、「死骸」の方が似合う。


 人間でなくなった血肉が、何かのきっかけで総体を取り戻し、また人のように動き出した、みたいな。


 死人がよみがえる、という話より、死骸に新たな生命が宿り、それが別の人格を形成した、という説の方が、幾らか信憑性しんぴょうせいを感じられる。


 人体と、そのシステムには、「人格」という嘘を自然に作り出した、その実績がある。


 肉体と、エネルギーと、それらを一定の法則で動かす命令。それらを揃えることが出来れば、死体を生まれ変わらせることも、不可能ではないのかもしれない。


 ただ、身なりの小奇麗こぎれいさが、それだと説明できなくなるが。


 みたいなことを考えていたトウマは、見ないようにしていた対面の少女から、うすら笑いと共に凝視されていると気付いた。


「………なに?」

「だっ……、だって……!」


 開いた左手で、口を押さえて言葉をこもらせるナツ。

  

 食事中に限らず、彼女は口を開けて笑いそうになると、それをすぐに隠そうとする。

 その、育ちの良さを感じさせる上品さが、更なるミスマッチを呼んでいる。


 山という、人の手がほとんど入っていない自然。

 “行儀”という、人工的な美しさ。

 それらが上手く重ならず、どうしても彼女が浮いてしまう。


 風景写真に、アニメキャラクターを配置するような。

 イラストの背景に、3DCGの人物を立たせるような。


「だって、トウマさあ…!緑の食べたら、毎回、変な顔するんだもん……!」

「………」


 豚肉を楽しもうとひとみするたび無粋ぶすいに挟まって全てを塗り替える、ゴーヤの強い苦味や酸味、そしてダンボールみたいな触感。

 それが嫌いなのだと、どうやら見ただけで分かってしまうようだった。


 相当、渋い顔をしていたのだろう。


「これは……、食材への冒涜ぼうとくだから、いいの!ピザとか酢豚に、パイナップル入れるみたいな、いらない冒険心だから……!」


 自らの正当性を主張してはみたが、恐らく耳にすら届いていない。

 大声で笑われて、下の階の両親に気付かれないだけ、不幸中にもさいわいがあったと言うべきだろう。


「でもやっぱり、ヘンだよ?臭いものいだウリボーみたいな」

「馬鹿にしてる?」

「私は好きだけどなあ」


 軽率に放たれる「好き」が、彼の手から箸を落とさせ、どうして急に慌て出したのか、ナツに怪訝けげんな顔をされてしまう。

 

「友達とかから言われない?スッゴい顔してるよー、って」

「……友達、あんまりいないから……」


 ほんのちょっぴり、見栄を張ってしまった。


「そうなの?トウマ、結構話しやすいし、人気出そうなのに」

「割と人見知りだよ。母さんに似たんだ」


 理屈を先行させがちなところも、そっくりだと本人から言われた。

 そんな母と、保守的教師のかがみみたいな担任。

 二人が知り合いだと言うのだから、この町はやっぱり狭いのだ。


「人と会話するの、苦手だし」

「でも、私とは普通に話してるじゃん」

「それは………」


 「ナツは特別だから」、そういう事がサラリと言えないから、コミュニケーション能力がみがかれないのか、それとも口下手くちべたなせいで、さりげなく口に出来ないのか。


「ちょっと、色々、ね……」

「そっかあ。色々かあ……」


 この歯切れの悪さで、何故かすんなり納得してくれるナツ。

 優しいのか、興味がないのか。

 自分のやましい欲が見抜かれないか、トウマは気が気ではない。


「それでえっと……」


 卓の上の色数いろかずが、半分未満になっている。

 食事が終盤に差し掛かり、話題を逸らしたかったのもあり、本題に意識を戻させる。


「『世界の終わり』について、調べたいんだっけ……?」


 それが、ナツの使命なのだと言う。

 それを果たす為に、「こちら側」に来た、らしい。


「まあ、うん。ちょっと、ギリギリでね……?」

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