時空、それは偶然なる出会い
第一話 廃人ここに見参!
夕焼けに染まる六畳間に、唐突な宣言が響きわたった。
矢座蔵 芸武――大学四年生。筋金入りのゲームオタクにして、自称“未来の最強ゲーマー”。
帰宅すれば、勉強も風呂も飯も眼中になし。椅子に腰を沈め、マウスやコントローラーを握れば、それが合図となって現実は霧のように薄れていく。
そんな彼にとって、今夜はただの放課後ではない。「記憶に刻まれる特別な日」だった。
机の上には、艶やかな黒曜石のごとき曲面を持つVRリンクデバイス――「NeuroDive X」。
その表面は夕陽を受けて赤銅色に輝き、指先で触れるとほのかな温もりが伝わってくる。未来の扉を叩くようなその感触に、芸武の胸は弾む。
(これが……俺を異世界へ連れていく鍵だ)
挑むは世界的大人気VRMMORPG――
『God Killing Online』。通称「ゴッキリ」。
リリースから半年足らずで一億人以上がログインし、“神を殺す”という苛烈なテーマと、自律思考を持つNPC、そして現実を超えるグラフィックで世界を虜にした怪物タイトルだ。
(ついに……俺もこの世界の住人になる)
胸の鼓動が高鳴る。
だが、ふと心に浮かんだツッコミを抑えられない。
(……にしても通称ゴッキリって、なんか家に出る黒いヤツ思い出すんだよな)
くだらない思考を振り払い、芸武は深く息を吐いた。
両手でヘッドセットを持ち上げ、慎重に頭へと装着する。柔らかなパッドが後頭部を包み、同時に視界に青白いゲージが浮かぶ。
「――ログイン、《God Killing Online》!」
光が爆ぜ、身体がふわりと浮く。
一瞬の眩暈のあと、純白の虚空が広がった。上下も左右もない光の世界。その中央に、銀髪の女神のような存在が佇んでいる。澄んだ瞳がこちらを射抜き、微笑む。
「ようこそ、旅人よ。あなたはこの世界で新たに生まれた魂……名を定めなさい」
柔らかな声とともに、半透明のパネルが出現。
(このゲームキャラメイクとかねぇのか?珍しいもんだな。まぁ俺は容姿なんか気にしねぇけど)
名前入力欄に「クロノス」と打ち込む。
「使用可能」の文字が現れた瞬間、芸武の心臓が跳ねる。数千万のプレイヤーの中で、この名を独占できる。それだけで勝者になった気分だった。
次に職業。
並ぶ候補は「剣士」「魔導士」「狩人」「僧侶」「暗殺者」……
芸武は迷わず「剣士」を選択。そして目に止まった派生ルート――「時術剣士」。
時間を操る力を剣に宿す者。敵の動きを遅らせ、自らの剣速を加速させる。習熟には膨大な経験を要する。
(高難易度? 上等だ。俺が極めてやる!)
決定の瞬間、女神が両手を広げた。
「クロノス。その名、その力……ここに記録しました。では、あなたの物語を始めましょう」
足元に光陣が広がり、視界が再び白に染まる。
鐘の音が鳴り響き、次に目を開けたとき――芸武は壮麗な神殿の中央に立っていた。
天井は雲を突き抜けるほど高く、柱は二人が抱えても足りない太さ。磨き上げられた石畳が光を反射し、荘厳な雰囲気を放つ。
外を見やれば、空には二つの太陽――黄金と赤銅が並び、街全体に幻想的な陰影を落としていた。
「……マジで現実じゃん」
市場からは果物の甘い香り、遠くでは鍛冶場の鉄槌の音。吟遊詩人の歌声まで耳に届く。これがAIの自律行動だとすれば、人間と何が違う? 芸武は鳥肌が立つほどの感動を覚えた。
システムボイスが告げる。
「チュートリアルを開始します。武器を選んでください」
振り返ると祭壇に並ぶ五本の武器――片手剣、大剣、双剣、刀、槍。
芸武は迷わず刀を掴んだ。柄の革の感触、金属の冷たい重み。刃を振るえば空気が震え、耳を劈くような音が走る。
「戦闘訓練を開始します」
石畳が割れ、黒い影が這い出てきた。
狼に似た魔物――赤い瞳が妖しく光り、牙は黒曜石のように鈍い輝きを放つ。
(初戦闘……最高だ!)
クロノスは刀を構えた。
二つの太陽が照らす異世界で、彼の冒険が今――幕を開ける。
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