プロローグ
ゔゔゔゔゔゔゔゔゔ……
耳障りな音が聞こえる。それから、吐き気を催すような悪臭。
ゆっくりと目を開けると、視界の先は薄墨を塗りたくったような空。その中をゴテゴテとした照明と広告に覆われた巨大なドローンが横切っていく。
あれは、8番街から出ているエアバスだ。空中を4つのプロペラで飛び回る巨体から発せられる振動が、私の身体を揺らしている。
なるほど、音の正体は得心がいった。けど、この悪臭はなんなのだろう?それに、私の部屋からはエアバスは見えない。というか、私の部屋にはちゃんと天井がある。
なんだか身体の感覚がにぶい。聴覚と嗅覚ははっきりしているのに、世界が膜に包まれたように感じられる。
ここは、どこ?周囲を見渡そうとした私は、そこでやっと身体が一切動かないことに気がついた。
これは一体……焦る間もなく、今度はドンッという強い衝撃と共に身体が転げる。何かが、ぶつかってきた。
あらあらあらあら。視界がぐらんぐらんと目まぐるしく動く。黒い空、赤い何か、虚ろな街灯、再び赤い何か。ガンっと頭を打つ衝撃とともに身体の回転は止まった。
大分強く頭をうったはずなのだけど、あまり痛くない。さては夢?次第に落ち着いてくるとともに、私の目はずっと視界に入っていたのに「意図的に見ないようにしていたもの」と向き合うことになった。
そこにあったのは赤と黄色、白がまじったミンチのようなもの。悪臭の正体。かなりの量だ。一抱えじゃ運べない。よく見ると、その中に人の足のようなものが見える。
死体。これは、死体だ。私はドラマのように大声で叫ぼうとしたけれど、声が出ない。すくんでいるとか精神的なもの……というより、物理的に声が出ない。かわりに喉からはカヒュっとという風を切る音がする。
パニックになる思考とは裏腹に、身体は一切動かない。むしろ辛うじてはっきりしていた聴覚や嗅覚までゆっくりと鈍くなっていくのを感じる。その時、いきなり視界が動いた。今度は衝撃もなにもない。まるで誰かに抱っこされた時のように。私の身体は宙にういた。そして、そこでやっと私は自分が置かれた状況を把握した。
今 私の下にある肉塊は正しくは死体ではない。まだ、生きている。だって、そこにある肉塊は多分私の下半身。そう、私は今……上半身だけを持ち上げられている。
事故にあった…?違う。そうじゃない。私は何かに襲われた。私の身体を持ち上げている者こそが。
私を殺した……犯人。
痛くない。視界もぼやけてきた。現実感がまるでない。怖いとかよりもわけがわからない。でも、どうやら私は一切がわからないまま死ぬしかないらしい。辛うじて聞こえてくるのはゔゔゔゔというエアバスの不快な振動音と、くちゃくちゃという音。
視界の隅で、私の左腕が動いている。間違いない。私を殺した何者かによって、私の左腕は咀嚼されている。
いやだ。いやだいやだいやだいやだいやだ。こんな終わり方はいやだ。私はヒメになるんだ。おじさまが誇りに思うようなヒメに。そうすればきっと全部が変わるはずなんだ。
薄れいく意識の中、視界に真っ黒な人のようなものが映った。それが大きく大きく口をあけ……私の意識は再び暗闇に落ちていった。
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