第5章≪半歩の先≫5
《そして、つま先の勇気――》
ゆっくりと歩いていた。
家の前。
わたしの記憶を刺激する。
イヤな記憶。
忘れたいと願うわたしと――
絶対に忘れちゃダメって叫ぶわたしがいた――
「お前さん……」
「……」
師匠は、ガレキになった家を見て、ゆっくり告げる。
「ここに帰りたくなかったのか?」
「……わからない」
「足どりが重くなってたからな……」
「うん……」
わたしがうなずいたとき、師匠は笑う。
「今日は、やけに素直だな」
師匠のその表情。
昨夜からの態度。
なんとなく、わかっていた。
思わず、問いかける。
「もう……お別れなの?」
「どうだろうな……」
そう言うと、わたしに向き直った。
「これが最後になるかどうかは、お前次第だ」
そういうと師匠は、咥えていた、火のついていない煙草を投げ捨てた。
「剣を抜け」
「どういうこと?」
「俺に一太刀あててみせろ」
わたしは、師匠の気迫に息を飲んだ。
「俺はいつもと違って本気で行く、だから手加減はするな。おまえが俺に当てることができたら、それで全て終わりだ」
「……」
「手は抜くな。下手したら、どうなるのかおまえならわかってるだろう」
「どうして……ここで……」
フェルドは、目を閉じた。
「知りたいか?」
わたしはうなずく。
「なら、剣を抜け」
「どうしてもやるの?」
「模擬戦ですら、一度も攻撃を当ててないんだぞ。そろそろ俺を安心させてくれ」
「…………」
はじめて師匠に剣を向けたときのように、足が震えていた。
でも、その時とは、意味が違う。
「理由を知りたいのなら、戦いながら、教えてやる。全て……」
もう一度、師匠の目を見てわかった。
わたしは、全身を使って深呼吸をする。
これは避けられない戦いなんだ。
フェルドの覚悟が見える。
ここで応えないとダメ。
呼吸を整えて――
強く見据える。
「わかった……」
「今度は、切り替えが早かったな」
初めて師匠に剣を向けたとき――
あのときのことを思い出す。
「師匠も剣を抜いて」
「俺は、無手で良い」
そう言うと、身構える。
「じゃあ、必ず抜かせてみせる」
「良い気迫だな……」
全身に巡らせている魔力を加速させる。
背中のカリエンテを抜いた。
呼吸、全身の魔力をさらに高める。
「いいぞ……だけどな、高めすぎるな」
わたしは、言葉を聞く。
「変に力を込めると――」
師匠は、前に体を踊り込ませてくる。
あの足の踏み込みは、当て身技。
「先をとられるぞ――」
さがる?
いや、応じろ!
わたしは、師匠の間合いを殺すために前に踏み出す。
それは誘いだとわかっていた。
だけど、下がっても間合いを詰めて取られるだけ――
剣で切りつけるだけが、剣の使い方じゃない。
師匠の拳にあわせて、カリエンテの刀身を盾にする。
これなら、殴れない。
それで仕切りなお……。
体が、宙に浮いて、地面に叩きつけられた。
背中から、落ちる。
とっさに受け身を取っていた。
衝撃を殺す。これは無意識にできるようになっていた。
「攻撃をする際は、緩急をつけろ。いいな」
師匠は、追撃をしてこない。
わたしが動かないのを見て――
「殴ると思ったか?」
と言ってくる。
わたしは、呼吸を整えながら、体を起こした。
「剣を盾に使ったとっさの判断は良い。それを殴ったりしたら俺は拳を痛めるだけでなく、お前さんの次の行動が有利になる。だけどな、刀身を横に起こすのがすこしだけ早かった。だから、拳で殴るのをやめて、刀身を透かしてお前さんの体を押した。と、まぁ、解説はこんなところだ。同門同士の本気はやりにくいぞ、手が全部読めるんだからな」
いつになく饒舌なフェルド。
「解説は、三度までだ。後二回だけ手加減してやる。それまでになんとかしろ」
まるで、あのときと同じだ。
そこまで考えて、深呼吸を一つした。
たぶん、これが本当に最後の講義なんだ……。
師匠の言葉を忘れるな。
考えろ。考えろ。まずは考えろ。
とにかく、剣を抜かせる。
そこまで行って、ようやく始まるんだ。
仕切り直しの意味を込めて、剣を構える。
前にでようと、足を滑らせる。
師匠も、間合いを計っている。
向こうは、無手。
だから、わたしの攻撃範囲より狭い。
カリエンテの間合いは完全にわたしの体に染み着いている。
師匠を見る。
あと、指先半分。
体を滑らせようと、足に力を込める。
師匠は、一気に距離を取った。
読まれた。
切り込ませないため。
そして仕切り直すため。
完全にわたしの手の内を読まれてる。
「同門同士の本気はやりにくいぞ」と言った。
つまり一撃当てるには、師匠の思いつかない手段で切り込むしかない。
「良い顔してるな。その調子だ」
間合いを計っている。
先に、考える。
正面から切りかかる。
師匠は前に踏み込んで、わたしの一撃をいなす。
カリエンテは、懐に飛び込まれたら、無力になる。
そして組み打ちを仕掛けてくる。
投げ飛ばされて、負ける。
だめか……。
完全に師匠の動きが読める。
迷ってたら、向こうから打ち込みに来る。
師匠の手が動いた。
わたしは、軽く切っ先を上げて、わざとこれ以上、前に来ないように牽制した。
師匠はわずかに間合いをはかった。
危なかった。
今、気づかなかったら、たぶん、先を取られてた。
「そう言うことだ」
師匠は、うれしそうに笑った。
ピリピリと張りつめた空気が、わたしの頬を刺激する。
なにも斬り合うだけが実戦じゃない。
こうして頭の中で、相手の出方を想像するのも立派な実戦だ。
でも、ずっとそうしているわけにもいかない。
どこかで、攻めないと――
わたしが、迷っていると――
「守破離って言葉がある」
「守破離?」
「師の教えを守って成長する。育ったら、師の教えを破って自分の道を見つける。自分の道を見つけたのなら、いつまでも師に甘えてるわけにはいかない。師の元を離れ自分の道を歩め。って意味がある。要は弟子の心構えについての言葉さ。いいな?忘れるな」
師匠は、次の瞬間、強引に地を蹴った。
一呼吸で、踊り込む。
下から切り上げて迎え撃つ。
師匠は、わたしの間合いギリギリで、足を止めた。
わたしの剣は、止められない。
そのまま切り上げる。
師匠の足は死んでない。
呼吸をずらして剣をかわしただけ、まだくる!
読み通り!
わざと高く切り上げたのは――
わたしのわざと生んだ隙に踏み込ませるため――
師匠が、再度、懐に飛び込むのに、あわせて、打ち下ろす――
腹部に衝撃が走った。
姿勢を低くしながら、剣を横にかわして肘を叩き込んできた。
「ぐっ、ふっ……」
なんとか、崩れ落ちないようにこらえる。
けど、膝をつく。
師匠はゆっくり、体を起こすと距離をとる。
「わざと誘う。千日手を破るためには良いことだが――」
「同門、だから……通じ、ない?」
呼吸を必死に整えながら、問いかける。
「違う。お前さん、まだためらってるだろ?見えるぜ」
そう言われて、一瞬、迷った。
手は抜いてない……。
「いや、抜いた」
わたしの顔色から、読みとったのか続ける。
「呼吸だ。
剣を上げた。
振り下ろすときに迷ったろ?
迷うなって教えたろ?やって失敗した後のことはその後で考えろ。正直、あそこで止まらなきゃ当たってた。俺が無手だからためらったんだろうが、気にするな。本気で来い。このままだと、お前さん、一方的に殴られて終わるぞ」
師匠の言葉に殺気がこもっていた。
「この場所をえらんだ理由だがな……」
「うん……」
「ここだと、お前さんが本気で動けないからだ」
「……」
「悪いとは思うがな、いつか、向かい合わなきゃいけないんだ。乗り越えろ、乗り越えてみせろ」
いつもの模擬戦じゃなかった。
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