第1章≪半歩≫2
「……今日もまたやるの?」
「いや、そろそろ次の段階に移る。さすがに、お前も飽きてきただろ」
「飽きた」
と思わず本音が口にでてしまう。
腕も足もパンパンになってる。
森の中でのテント生活。
やるのは素振りだけ。
「まぁ、そう言うな。お前の欠点は、顔にでることだ。まずは、冷静になることを学べ」
……そんなに顔に出てたかな。
そういうとフェルドは、咥えていた煙草の火を消し、自分の剣を手に取った。
大きい。
この剣は大剣に見えて、二つに分裂する剣だ。
わたしが初めてフェルドをみたとき、彼はその二本の剣を操って山賊たちを……。
ただ、ここ最近は一つに合体させたままで、大剣として使っている。
それを軽く振った。
ヒュッ!と風を斬る音がする。
一週間、剣を振っただけのわたしでも、よくわかる。
フェルドの素振りは……。
美しい、綺麗な形だった。
自然に足を運び、軽く前に出ながら、剣を振り下ろしている。
しかも速い。
「俺が憎いか?ならその不満を俺にぶつけてみろ」
「どういうこと?」
「わからんか?」
「……わかりません」
フェルドは、わたしの言葉を楽しそうに笑って受け止める。
「なぁに、簡単なこった。お前の身につけた術で、俺に切りかかってこいって言ってるんだよ。手加減は抜きだ。殺す気で来い」
「本気?」
「本気も本気、大マジだ。口で説明して、形を見せるのは簡単だけどな。人って奴は理屈じゃなくて、実感しなきゃ、理解できないことの方が多い。だから、打ってこい」
そう言うと、フェルドは剣を構える。
わたしも剣をそっと上げ、教わったとおり、中段に構える。
ここから、踏み込むと同時に腕を上げ、一直線に頭をねらい打ち込む。
「…………」
思わず、息を飲んだ。
はじめて、はじめて、そう、はじめて、人に刃を向ける。
怖かった。
だけど、このときのわたしは、その怖さの本当の意味を知らなかった。
切っ先が、わずかに震えている。
腕が、震えてる。
「安心しな」
「えっ?」
「お前の素人に毛の生えたような剣なんざ、俺にゃ、かすりもしねーよ。どうせ当たらねーんだ。ただ、打ってこい。それだけで良い」
息を飲む。
「この一撃で、この一週間の意味が分かる」
正直、言っている意味が分からなかった。
だけど――
「でも……」
「早くしろ」
歯を噛みしめる。
はじめて、人に剣を向ける。
人を傷つけることが出来る。
人を殺すことが出来てしまう。
わたしが、人を、殺す?
それが、こんなにも、怖いなんて……。
「力を抜け、そんなガチガチに固まってたら、おまえが怪我する。それとこれから起きることから眼を逸らすな。見えなくても、分からなくても良い。ただ、眼だけは閉じるな」
鋭い眼で、わたしをまっすぐに見ている。
力強い眼差し。
わたしは、軽く深呼吸。
気持ちを切り替える。
そうだ。
目の前にいるのは、化け物だ。
あのときの戦いを思い出す。
目に焼き付いた一瞬。
そうだ。
何度も言い聞かす。
呼吸を整える。
大丈夫だ。
相手は、フェルドだ。
たくさんの修羅場をくぐってきてる。
そう、
だから、
当てても
大丈夫。
免罪符が心に張られると、体が軽くなった気がした。
言われたこと、この一週間繰り返したこと、それを思い返す。
眼を閉じるな。
力を抜け。
深呼吸。
足を送る。
すっと
体が
自然と前に出た。
そして、足を送るのと同時に、腕が上がる。
体を動かすのと同時に声が自然に上がっていた。
「いやぁああああああ!」
どンッ!
上げた腕から、打ち下ろした一撃。
わたしの一撃は、フェルドに向かって放たれたはずだった。
はずだった……。
けど、
わたしの剣は地面を叩いていた。
そして、
フェルドは目の前にいて、彼の刃がわたしの首筋に当たっていた。
「眼は、閉じなかったな。お前にしては上出来だ」
見ていたはずなのに、なにが起きたのか、まるで分からなかった……。
「これを今から、お前に教える」
わたしは、しばらく呆然としていた。
ちゃんと見ていた、眼をそらさず見ていた。
だから、分かる。
打ち込んだはずなのに、剣が自然に地面を叩いていた。
土が飛び散り、まるで爆発したように爆ぜている。
でも、わたしは、そこまで力は込めていない。
「どうした?」
「えっと……こんなこと、わたしにできるの?」
「だから、教えてやるっていってんだろ」
そう言うと、笑う。
今なにが起きたのかすら、分からないってのに、いきなり、敷居が上がりすぎじゃ?
昨日まで、素振りしか教わってないのに……。
* * *
「まぁ、簡単に言うとだ。お前に教えた素振りが出来れば、これが出来るようになる」
「うそ……」
「うそじゃねーって。体に染み込ませるために、素振りだけを、ひたすらやらせたんだ」
「素振りと、今の魔法のような動きとなんか関係あるの?」
「大ありだ」
フェルドが言葉を続ける。
「お前の拾ってきたあの剣は大剣だ。いずれお前はあれを使うことになる。しかも、あの大きさだ、両手でないと使えないだろう?だから、盾が持てない」
「お父さんの剣を……わたしが?」
「いいから黙って聞け……」
そう言うとため息と同時に続ける。
「だから、刃を盾代わりに使う。刃で受けて、逸らして、流して、一撃をたたき込む、それが今の技だ。まぁ、正直、術とはいえない、初歩の初歩の初歩の初歩、ただの素振りなんだがな」
「あれが、ただの素振り?」
あんなことが出来るの?
「だから、お前は顔に出すぎだ」
フェルドは、胸元から煙草を取り出すと、魔法で火をつけて、口にくわえた。
「教えることは至極単純。今までの素振りをする際、腕全体を回し、刃を腕に乗せる。それだけしか追加点はない」
「???」
それだけ?
「コツは刃で体を覆うことだ。繰り返すが、後は素振りの動きをするだけだ」
「どうやるの?」
「簡単だろ?敵の来る剣の方向にあわせて、左からの一撃には右腕を回す。右からの一撃には左腕を回す。攻撃を刃に当てたら、そのまま腕を上げろ。敵の一撃を剣の上で加速させて地面に落とせ。具体的に言うと、敵が剣を振る力にたいして、お前が剣を上にあげる力を併せてやれば、敵の剣は加速して地面まで落ちる。そして腕が耳たぶに振れたら柄を握って打ち下ろせ。頭はがら空きだから、絶対にこっちの一撃は通る」
フェルドは、そう言うともう一度剣を取る。
「一連の動きをゆっくりやるから、真横から見てろ。相手の一撃がどっちから来るかは、そのときの相手の動きで判断しろ。腕を上げながら、同時に腕そのものを回す。そして刃を腕に乗せる。頂点まで上げたら、柄を握り剣を起こして打ち下ろす」
驚くほどに単純な動きだった。
前に出ると同時に、腕を上げ、剣を乗せ、後は打ち下ろす。
一週間前に比べ、覚えるために増えたことと言えば、腕を回すだけ。
「大事なのは、相手の動きをよく見ること、そして、落ち着くことだ。焦ったら、受けられなくなる。この技は、打たせて、隙を作るためのモノだからな。ことさら冷静さが要求される」
フェルドは、もう一度剣を振る。
「まぁ、正直、こっちの動きが速ければ、相手にわざわざ打たせる必要はないが、お前はまだ受けるのが必要になるだろ」
いやらしく笑ってみせる。
「わざわざ打たせる必要がないって、これは受けるのが目的じゃないってことなの?」
「そうだ。ただの斬るだけの術だからな。盾を持たない両手剣で、どうやって身を守るか考えた結果こうなっただけだ。ぶっちゃけ、ただの上段切り、その際に剣を盾の代わりにしてるだけだ」
剣を盾の代わりにする……。
そんなことも出来るんだ……。
「さて、ぼんやりしてる暇はねーぞ、やってみろ」
「はいっ!」
わたしは剣を取る。
言われたとおりに剣を振り始める。
「肘から先で回すな!腕全体を使え!手首だけで回そうとするな!受けたときにくじくぞ!」
フェルドの怒号が響く。
「あと、左右で千回ずつ!」
「まだ千回も!」
「グチるな!左五千回追加!」
「五千も!?」
「なんなら一万にしても良いぞ」
きっと、また顔に出ていたと思う。
しばらく、地獄が続く羽目になる。
今度の一ヶ月は、この素振りだけだった。
* * *
くたくたに疲れて、テントに倒れ込む。
ただ、剣を振る。
これだけの修行でも、こんなに疲れるものだなんて知らなかった。
腕が鉛のように重くなっていた。
足ももう動かない。
毛布の上でみっともなく大の字になって寝る。
つるされたカンテラを見上げてしみじみ思う。
あの日から約四ヶ月が過ぎた。
テント暮らしもなれてきた。
時々、木の下で眠らされたり、木の上で眠らされたりもした。
食事もなんというか、これバーベキュー?な粗食とか、堅いだけの携帯食にもなれてきた。
食べられる野草や、毒草、毒キノコにたいする知識も大幅に増えた。
暇があれば、言葉や、魔法文字の勉強もたたき込まれた。
そして、周辺国の知識も……。
剣を振る以外にやることがすごく多い。
疲れだけがたまる、不満だらけの生活。
特に一番の不満は――
「どうしてずっと野宿なの……」
水浴びは、近くに綺麗な川があるときはしてるけど、冬になったらそれも厳しくなる。
服だって洗いたい。
着たきり雀の生活。
みんなで暮らしていたときを、既に懐かしく思う。
いったい、いつまで素振りをさせる気なんだろう。
正直フェルドがなにを考えてるのか、わたしにはまるで分らない。
……けど。
わたしも同じか……。
そう、大人は、信用できない……。
眼を閉じた。睡魔はすぐにきた。
* * *
(どうして、俺なんだろうな……)
テントの隣で焚火。
フェルドは、静かに腰を下ろしたまま、それを見つめていた。
(なぁ、俺が鍛えちまっていいのか?ルミナス……)
(剣を持てば、いつか一線を越えることになる。お前ならどうする?)
そして、沈黙。
長い、長い、沈黙。
火が揺れる。
その火の中に、アンセリスが初めてはなった一撃が見えた。
思い返す。
(俺の杞憂でなければいいが……。)
それが杞憂でなければ……。
間違いなく、アンセリスには剣を扱う資格はない。
バキンと木が、爆ぜた。
* * *
夜は、更けてゆく。
* * *
街道を東に向かって歩いていた。
遠くには、山が見え、うっすらと雪化粧を始めている。
見慣れた景色。
故郷を離れてるのだと、改めて思う。
あれからさらに一ヶ月。
二ヶ月して、完全に素振りから卒業した。
「二ヶ月……二ヶ月も素振りだけ……」
「よかったな、次の段階に進むぞ」
「二ヶ月も……二ヶ月も素振り……」
「半年素振りだけやるつもりだったんだ。それが二ヶ月ですんでよかったじゃねーか」
「半年……半年……半年」
「顔だけじゃなくて声も出てるぞ……。感情は殺せ、他人に悟らせるな」
「そんなにわかりやすい?」
「それ自体は、いいことなんだがな……」
「……バカにしてる?」
「バカになんか、してねーよ。バカになんか……」
フェルドはしみじみとつぶやく。
時々、この人はこういう顔をする。
悲しんでいるのか、笑っているのか、わたしにはわからない。
「お前に、改めて言っとくぞ」
「なにを?」
「基礎をおろそかにするな。武術に関するすべての奥義や奥伝ってのはな、全部基礎の中にある。『奥義は基本の中にあり』有名な格言だぜ。だから、基礎の基礎である素振りを体に染み込ませる必要があった。ただの素振りだなんてバカにしてるようなら、お前はすぐに死ぬぞ」
足が止まった。
背筋が震えた。
フェルドの言葉は、たぶん本気だった。
「どうした?足が止まってるぞ」
後を見ずに告げる言葉。
その背中を追うように、あわてて走り出す。
その瞬間、景色も急いで動き出したような気がした。
短い夏が終わり、冬が迫ってきている。
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