第一話 天界の最高決議機関〈七柱の円環(エンクロス)〉

天界会議――

それは、天界の最高決議機関〈七柱の円環(エンクロス)〉によって召集される、最終審問の場。

神意の代行者たる七人の審判者が、地上〈ミュゼア〉の命運を定める。


会議が開かれるのは、天と地の調律が乱れ、世界の接続が不安定となったときのみ。

つまり、これから始まるのは“ただの儀式”ではない。

地上を存続させるか、それとも終焉へと導くか――

それを決する、根源的な選択である。


天界〈セラフィア〉の中心部。

白銀に輝く神殿が、天空へ向かって静かに聳えていた。


聖なる鉱石〈セレリウム〉から削り出された石材で築かれたその大殿は、

音すらも封じ込めるような静謐を湛え、時の流れすら遠ざける。


高く伸びる円柱の内側には、遥か昔の音律が刻まれていると伝えられる。

列柱は広間を円形に囲み、まるで神々の調べを忘れぬよう、永劫に立ち尽くしているかのようだった。


ここは、天界でもっとも神聖な領域――〈七柱の円環(エンクロス)〉。

審判の声と神意の導きが交わる、ただひとつの神域。


天蓋の窓から差し込む光が、白い床に淡く落ちる。

それはたしかに眩しいはずなのに、どこか遠く、どこか冷たい。

その光の奥で、ごくわずかな翳りが、静かに揺れていた。


「……結局、何も語らなかったのですね。彼は」


静寂を破ったのは、中央壇上に立つ女性の声だった。

淡い金の衣を纏い、銀灰の髪を結い上げたその姿には、凛とした気品と清冽な威厳が宿っている。

その瞳には、確かな理性と、ふとした陰りが映っていた。


彼女の名は、セレスティア・フェルネア。

〈七柱の円環〉を束ねる議長にして、“理の化身”と称される天界最高の統治者。


「――シオン・エリアス。彼は一度、天と地のはざまを越え、地上を見たはずです。

けれど、その記録は一切残されていない。彼自身も、何も語ろうとはしなかった。

そして……彼の父は、それを庇うように、“柱”となる道を選んだ。

すべてを沈黙のうちに封じたままに」


その言葉は、誰かに答えを求めるものではなかった。

ただ、長年沈黙を守ってきた“真実”に触れるかのように――

自らの胸へと落とされた、静かな問いだった。


壇上に並ぶ六人の審判者たちもまた、その言葉を無言で受け止めていた。

議場に再び、沈黙が満ちる。

それはまるで、世界がひとつ息を呑むような、始まりの静けさだった。


やがて、ゆっくりと口を開いたのは、別の議席に座るひとりの大天使。


白銀の衣を肩から無造作にかけた、屈強な体躯の男――

名を、ガイゼル・フェルネア。

戦の系譜を受け継ぐ武の天使にして、リュカ・フェルネアの父。


その声音は、深く、重く、そしてどこか優しかった。


「……彼が――ルシエルが境界に立った理由は、

誰よりも深く、静かな選択だったと……私は信じています」


広間の中央には、音もなく佇む光の柱がある。

その光の残響――それこそが、熾天ルシエル・エリアスがこの世に遺した、最後の痕跡だった。


彼は、多くの神使たちが“堕ちて”いったあとも、

唯一、境界に立ち続けた存在だった。


地上〈ミュゼア〉と天界〈セラフィア〉。

二つの世界の狭間、“虚無の裂け目”に自らの身を投じ、

命と引き換えに、それを繋ぐ“柱”となった――

「天地の柱(エンクロス・ステイロス)」。


それは、天界史において初めて、神使が“自らの意志”で成った柱である。


「……けれど、シオンが五年前に地上へ降りた理由も、

そこで何を見て、何を知ったのかも――いまだ語られてはいません」


そう語るセレスティアの声は、かすかに揺れていた。

だがその響きは、確かだった。


「今はただ――シオン・エリアスの語らぬ選択を、我々は静かに待つしかないのです」


彼女は天を仰ぐようにまぶたを閉じ、静かに、神殿の中心に立ち尽くす。


〈七柱の円環(エンクロス)〉は、今まさに、ひとつの魂の変化を見極めようとしていた。


それが、世界を救うのか、それとも終わらせるのか。

選ぶのは、彼自身――熾天ルシエルの息子、シオン・エリアス。


父が命をもってつないだ天と地の道。

その先を進むか否かは、彼の心に、託されていた。

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