第20話「世界、7日間だけ“戦わない”」
――翌朝。
世界は七日だけ、戦うのを忘れた。
門の上の木彫看板がからんと鳴り、アランが腕を組んで目を細める。
「よし、“修繕完了式”いくぞ。テープカットだ」
「ハサミは?」
「鋼鉄スリッパで代用」
「やめて!? それ“履く物”!」
結局、参謀リリアがフライパンの縁でしゃきんと紅い紐を落とし、さざめく拍手が風に混ざった。
看板に刻まれた文字が、朝日で読みやすく光る。
〈ようこそ、会話。――この門は、朝一分、剣を置く〉
朝の鐘が一つ、二つ。
砂時計がいっせいに返される音が、村じゅうで小さく連なる。
一日目
――人間界・市。
アーケードの一角に魔界パン屋が仮出店した。ショーケースの端に、ミント色の札。
「新作『ラズミント』、お一人様二つまででーす!」
「名前が直球!」
ラズヴァルド(魔王)は苦笑いしながら、列の最後尾に並んだ。
エプロン姿の小鬼の店員が、一分砂時計を台に置く。
「“朝一分の会話割”やってます。前後の人と一分だけ雑談したら、チョコ増量」
「割の条件が平和」
前にいた青年が、振り返って頭をかく。
「勇者さん、昨日の映像、見ました。#並んで戦った。……よかったっす」
白銀の肩が小さく揺れた。勇者フェリクスは、照れ隠しのように鼻を鳴らす。
「並んだだけだ」
「並ぶのすら難しい世界だったんですよ」
エルノアのひと言に、青年がうなずく。
一分の砂が落ち切る。
増量のチョコが、さくりと音を立てた。
二日目
――魔王城・会見庭。
“朝鐘対話・十分”の予行だ。
リリアが特大フライパン砂時計(連結式)を台座に据え、針の落下テストを繰り返す。
「十の重みは十の器で受ける。工学です」
「新しい学問が増えてない?」
「希望の工学の応用です」
フェリクスは、椅子に座って深呼吸。遮らない練習。
子どもが背後でかくれんぼして、とうもろこしがはぜる音が混じる。
ラズヴァルドが笑いながら言う。
「雑音があっても、届く声は届く」
「雑音の中の声を拾うのが、耳の勇者なんだろ」
「言ったね、いいこと」
三日目
――首都・路地。
停戦記念Tシャツが屋台に並ぶ。
ミント色の布地に、妙に愛らしい書体で――
〈今日は話して、やめる〉
の下に、なぜかフライパンの絵。
背中には、誤植大きく――
〈朝十分話そう〉
「“十分”は間違ってないけど、余白が怖い!」
ラズヴァルドがツッコむ横で、リリアはTシャツをひと枚、無言で購入した。
「参謀、買うの!?」
「資料です」
四日目
――検問所。
教会が“耳に祝福”の厳格運用を試みる。
だが、検問官の横に立つエルノアが、静かに首を横へ振る。
「“ノーウェポン・デー”と同様、停戦中は耳も武器に含まれます。検問では扱えません」
「耳が武器、斬新だな」
「事実です」
検問官は回覧印をぱん、ぱんとむなしく押して、しょんぼり退く。
ツバサ丸が高い空から監視し、至急があればすぐ飛ぶ。
五日目
――市役所前。
#朝一分話そうのブースで、一分砂時計の無償交換。
子どもたちが「一分だけ拍手」を回し、商人は「一分だけ値切らない」に挑戦してすぐ失敗する。
「一分もたなかった!」
「人間工学上、値切り反射が……」
「学問づけるのやめて」
リリアの横で、アランが小さな砂時計を手に取る。
「鳴らす音は、木と砂と、胸だ」
「名言」
六日目
――市街の公衆トイレ。
入口に貼られた新しい啓発ポスター。
〈**B.T.I.**反省週間:トイレは聖域。剣は外で〉
横に小さくツバサ丸のシルエット。
フェリクスが立ち止まり、真顔でうなずく。
「守る」
「ここは守るのね」
「ここは守る」
七日目・朝
――魔王城・中庭“十の壇”。
白布が張られ、木組みはアランの二重補強。
**“朝鐘対話・十分”の本番。
ツバサ丸が上空でクル(本番)**と一声。
リリアが連結フライパンにミント砂を注ぎ、針を十本、端に立てる。
「転がる順にちーん×十が鳴ります。BGM代わりにどうぞ」
「優雅なのかシュールなのか」
ラズヴァルドは深呼吸、フェリクスは右耳を軽く引っぱって確認。左耳は空のまま。
エルノアが二人の間に一分砂時計をそっと置く。
「最初の一分は“名乗り更新”。残りは、“針の仕組みの設計”と、“剣じゃない守り方”」
「了解」
「やる」
朝の鐘が、村じゅうでいっせいに鳴った。
リリアが針に触れ、十を静かに落とす。
「――始めます」
ラズヴァルドが一歩前に出る。
フェリクスが遮らずにうなずく。
言葉が、まっすぐに行き来する。
“倒され芸”という諦めから、“署名で針を戻す”という設計へ。
フライパンの縁で、ちーん、ちーんと穏やかに時が刻まれる。
十のうち、七が落ちた。
八本目がころり――と、落ちようとした、その瞬間。
空気がきしんだ。
遠く、首都の聖堂から、低い唸りが走る。
儀式の鐘が、鳴り始めた。
リリアが顔を上げ、エルノアが青ざめる。
ツバサ丸が翼を震わせ、空を一度、強く掻いた。
フェリクスの胸に、灼熱が走る。
見えない印が、皮膚の内側で焦げたような匂いを立て、聖印の形を胸骨に押し戻そうとする。
「……っ!」
左耳の“空”に、砂嵐が、ない。
代わりに、胸の奥から命令が上がってくる。
――耳を塞げ。
――剣を取れ。
――聞くな。
フェリクスは、両手で胸を押さえ、歯を食いしばった。
「やめろ……俺の耳に触るな」
ラズヴァルドが半歩、寄る。
「フェリクス。聞こえるか」
「……聞こえる。まだ」
九本目の針がちーんと落ちる。
儀式の鐘は、さらに大きく。
会場の外で、どこからか回覧印がばらばらと崩れ落ちる音がして、誰かが泣き笑いで拍手を始めた。
アランの看板が、からん、からんと、負けじと鳴る。
「最後まで、行く」
フェリクスが、胸の灼熱を押さえたまま、ラズヴァルドを見る。
魔王はただ、頷いた。遮らない。支えない。信じる。
「――“剣ではなく署名で針を戻す”。人と魔の共同の儀を、ここに設計する。
朝の鐘を、世界の耳にする」
十本目の針が、いまにも落ちる。
聖堂の鐘が、世界を上書きしようと轟く。
砂の音と、鐘の音と、木の鳴る音。
すべてがぶつかり合い――
ちーん。
最後の針が、確かに鳴った。
だが、同時に。
フェリクスの胸の聖印が、焼けつくように光り、彼の視界の端に白が流れ込む。
エルノアの悲鳴。リリアの短い呪文。ツバサ丸のクル。
ラズヴァルドの声だけが、砂嵐なしで届いた。
「――聞け、勇者」
世界のどこかで、**“称号剥奪の儀式”**が始まる。
ここで、十は鳴り切った。
朝の鐘は、確かに鳴った。
どちらの鐘が、世界の耳になるのか。
七日目の朝は、ここで裂け、ここから続く。
(つづく)
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