オトコレ
となみ。
第1話
水谷香恋かれん。高1。
サラサラに長く伸ばした髪をおろしていて、長めの前髪は右にかき寄せて耳にかけている。それがいつものスタイル。背はそこそこ高いほう。
自分で言うのもあれだけど、モテる。学年問わずに。男子の多いこの高校ではなおさら…
ロッカーにはよく手紙が入ってたり、呼び出されて告白されたりする。
告白はされるけど、したことは一回もない。
誰かと付き合ったこともない。
正直、誰にもピンと来ないのだ。小学校を卒業して以来ーー…。
ある日の放課後、授業が終わって教科書類をしまおうとロッカーを開けたら、プレゼントや手紙が入っていた。
封筒に差出人の名前のない手紙が目につく。「カレンさん」と大きく宛名だけはしっかりと書かれている。
ずっと前から好きでした…!僕の彼女になってくれませんか!!といった内容だった。手紙の最後にだけ、名前とクラスが書かれていた。知らない人だ。でも学年は同じみたい。
私は帰宅すると、いつものようにあるノートを棚から取り出す。そしてそのノートには、例の手紙を見ながら差出人の名前、クラス、告白の内容などを書き出した。
このノートは「オトコレノート」。
オトコレとは「男コレクション」の略で、その見るからに恥ずかしいネーミングとこの概念を考えたのは私の兄である。オトコレとはその名の通り、男(の情報)をコレクションすること。ただし、告白された男子に限る。
私はオトコレを小学生の頃から続け(させられ)ている。ノートはもう3冊目だ。
兄の隆貴(たかき)は高校2年生、私のひとつ上だ。兄はオトコレの女バージョンを考案し、同じく小学生の頃から続けていた。兄妹だからか、兄もモテる。実際には私よりも。
高校に入り彼女ができたことを機に、兄の女コレクションとやらは終了。帰宅部の私とは違って兄は部活に所属しており、軽音部のギター担当である。
「おーッ。けっこー溜まったんだな」
私はビクッ!としてノートを書いていたシャーペンの芯が折れた。
兄が突然、後ろから話しかけてきたのだ。
「お兄ちゃん?!今日部活だったんじゃ…」
オトコレに集中しすぎていて、全く気づかなかった。私の話には気にも留めず、兄はオトコレノートをひょいと取りあげた。
「何まだ引きずってんのかー昔のこと。はやく理想の男見つけろよー?俺みたいに。」
などと、一方的に言ってくる。
「…まっ。まずは誰かと仲良くなってみることから始めるんだな。お前も一歩踏み出さないと過去から抜け出せねえままだぞ」
アハハと笑い半分でそう言い残して部屋を出ていった。
それもそうなんだけど…
・・・・・
「カッカカカカレンさん‼️」
次の日の放課後のこと。皆帰るか部活に行ってしまい人が少なくなってきた頃の廊下で、知らない男子に呼び止められた。その人はピアスをしていて、髪の毛にはピンをいくつか付けて留めている。制服は緩めの着こなし。まとめて言うとチャラそうな見た目の男子だった。同じクラスでもなければ、話したこともない。学校で見たことすら記憶になかった。
「きのうの手紙なんだけど…読んでくれたかな?えっと返事はーー…。」
初対面で何かと思えばこの人、あの名前のなかった手紙の差出人か!納得した。
え~~~っと……
ふと、きのうの兄の言葉を思い出す。
「一歩踏み出さないと過去から抜け出せないまま」。
そっか。いつもは話したこともない人に告白されたら、それっきりもう話そうとしなかった。無意識のうちに自分で、壁を作っていたんだ。でも、知ろうとしないと何も始まらないか…。今まで何も考えず断ってきた人たちに申し訳なさを感じた。
断るという方法以外の選択肢を選んだのは、始めてだった。兄のその言葉が響いてしまったのだ。
「じゃあ…友達から始めてみるっていうのはどうかな…?」
「エッ?!」
そういった瞬間に、かなり大きな声で驚かれた。その男子は興奮気味な様子になり、
「ってことは試しに付き合ってくれるってことだよね!?うぉぉぉヤッターー!!じゃあライン交換しよ!!」
え………?
なんでそうなるの…
どうして「付き合う」という解釈になったのか。意味が分からない。
連絡先交換だけはできるだけ避けたかったというのに。
こういう男子のタイプは手ごわい。説得するにも時間がかかる。というのは、経験からして、見ればわかっていたはずだ。でも、決めつけはいけないと思ったから……。
「あの…そういう意味で言ったんじゃ…」
あの提案以降、私の発言は耳に入っていないようで、いーからいーから!と迫られる。
どうしよう…!!!
ガラッ!!
そのとき、近くの空き教室のドアが勢いよく開いた。バンっ!と大きな音をたてて、ドアが全開に開けられた。すると中からある男の子が出てきた。
『嫌がってるってわかんないの?』
それも低い声が廊下に響いた。その男の子は、チャラめ男子のことをまっすぐに睨みつけている。
ちょうど近くに居合わせた男子が介入してきてくれたというのだ。
彼の表情は更に険しくなり、続けて言った。
「男ならそういうの一番に考えるべきだよね。そもそも付き合うなんか一言も言ってねぇよ」
まさにその通りなことを、ズバッと言ってくれたのだ。その人はそう言うとすぐに、廊下を歩いて行ってしまった。
この感じ…この感覚。
どこかで感じたことがあった。
「いっ伊東?!もしかして全部聞いてたのかよ…」とチャラめ男子が焦る。
あの人は、伊東くんって言うんだ…
あの時と違うかもしれない。でもーー…
私は迷わず駆け出した。
「あのッ!いまの…ありがとう…!」
その人の背中に向かって伝えた。
するとその人は振り返って、微笑みながら、「ん。」と返してくれた。
この瞬間が忘れられない。
この気持ちは、たしかに
過去に私が感じたものだ。
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