狂っているのは俺か、世界か—氷の女王と始め異能戦争
ノワール
第一話 氷の女王が笑った日
人は、一つのことに執着しすぎると、頭がおかしくなるらしい。
俺は――たぶん、その典型だ。
六時間目の現代文。
教壇では教師が淡々と文章を読み上げている。
クラスの半分は眠気と戦い、残りはノートに落書きをして時間を潰している。
俺は違う。
机の上に置いたのは、三十二本のシャーペン芯。
HB、B、2B……硬度ごとに濃淡が違う芯を、指先で一本ずつ撫でながら、完璧な順序に並べていく。
間隔は正確に一ミリ。角度はすべて平行。光の反射すら揃える。
教科書の内容は一文字も入ってこない。
黒板の文字も、教師の声も、全部が遠くに霞んでいく。
俺の世界は今、この机の上だけだ。
――秩序。
それがあれば、俺は呼吸できる。
逆に乱されれば、息が詰まり、頭が割れる。
最後の一本を置いた瞬間、背筋に震えが走る。
完璧だ。一本の乱れもない。美しい。
「……またやってるのね」
氷の破片みたいに冷たい声が、耳に落ちた。
顔を上げると、そこにいたのは“氷の女王”――神崎雪花。
長い黒髪は光を吸い込み、瞳は真冬の湖面のように凍りついている。
無駄のない所作で俺の机に近づくと、白く細い指先を芯の列のすぐ横に滑らせた。
その動き一つで、教室の空気が一段と張り詰める。
「君って、本当に……狂ってる」
笑った。
その口元は鋭く、けれどどこか嬉しそうで、俺の奥底を正確に見抜いているようだった。
――こいつは、俺と同じ種類だ。
「褒め言葉として受け取っておく」
「そう。なら……もっと狂ってみせて?」
氷の女王は、俺にだけ聞こえる声で囁く。
意味は分からない。だが、その冷気は妙に心地よかった。
その時。
「九条先輩! また変なことしてますね!」
背後から、弾むような声。
振り向けば、日向陽葵――小柄で、太陽みたいな笑顔を浮かべる後輩が立っていた。
「変じゃない。これは秩序だ」
「ふーん……じゃあ、その秩序、壊したらどうなります?」
「……殺す」
「わっ、物騒ですね! 冗談ですよー……たぶん」
陽葵はひらひらと手を振り、何事もなかったように去っていく。
ただ、あの笑顔の奥で一瞬だけ光った鋭さが、妙に引っかかった。
――この時はまだ知らなかった。
この二人との出会いが、俺の狂気を本物に変えるきっかけになることを。
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