第18話 ある場所にて1
中村ひかりはただ一点を見つめていた。目の前には僕がいるというのに、彼女の視線は僕を通り越して、向こう側にある物を見ていた。僕は視線の合わない彼女の眼を見ていた。その眼にははっきりと疲れの色が見える。昔に比べたらやはり老けたな、と感じる。それもそうか。ひかりももうアラフォーである。どれだけ活力のあるひかりでも、終わりの見えない忙しない日々に体力を削り取られているようだった。
ひかりはふぅ、とため息を一つついた。
「最近、千佳が拗ねちゃってるんだよね。まともに口を利いてくれないし、家事の手伝いも前はあんなにしてくれてたのに急にやらなくなっちゃった。バスケも前は頑張ってたんだけど、最近は休みがちになって。まあ無理強いはしたくないんだけどね。やる気がなくなった理由が分かれば良かったんだけど、全く分からないの。一雄、なんでか知ってる? まあ、知らないよね」
ひかりはそう言って呆れ気味に笑った。
だが残念、僕はその理由を知っている。ついさっき、ひかりと入れ違いで千佳がここに来て、色々教えてくれたからな。千佳がわざわざ一人でここに来るなんて初めてで、ましてや僕に自分の胸の内を打ち明けるなんて、初めての事だったから驚いた。千佳も一人でこの感情を抱え込みたくなかったのだろう。それくらい、千佳にとっては大きいことだったのだ。
「最近仕事が忙しくて、千佳が寝た後に帰ってくることも多いよ。申し訳ないとは思ってるけど、仕事を放棄するわけにもいかないしね。もう社長になったわけだし。色々と大変だよ……。この間は、新人の子が急に音信不通になるしさ」
そうなのか。社長は色々と責任がのしかかってきて大変だろうな。僕は相変わらず思索にふける毎日だ。本当に暇で、ひかりの忙しさが羨ましいくらいだ。まあ、ないものねだりだろうな。いざひかりの立場になったら、きっと僕はすぐにこんなのは無理だと泣きごとを言うだろう。
「仕事の合間を縫ってここに来てるんだから、感謝してよね、全く」
ひかりはそう言った後に、かがんで、自分の顔の前で手を合わせた。そして、独り言のように呟いた。
「一雄がいなくなってから、ずっと大変だよ」
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