第2話 その銀色は味方か敵か
「……まぁ、効く訳ないよな」
全力で叩き込んだ俺の拳は、オークロードの分厚い皮膚と筋肉に阻まれ、当たった瞬間から1ミリも動いていなかった。
そのままの姿勢でオークロードの顔を見上げると、醜悪な猪頭が目に映る。弱者を痛ぶることに歓喜の感情を抱き、弱々しい抵抗をバカにする顔。
「ホント…モンスターってのはクソだよな」
アイツらも確かに残虐だった。だがアイツらはアイツらなりの矜持と誇りを持っていた。それに比べて目の前のモンスターは…
(あれ?アイツらって…)
「ブモォォォォォォォ!!」
「ガハッ!!」
一瞬思考が止まった俺はオークロードに蹴り飛ばされてしまう。
「いっ痛……テメェ、俺はサッカーボールじゃねぇんだぞ…」
口ではそんな軽口を叩きながらも、俺の心はすでに折れていた。
(あー…ダメだわ。堪えようとしても涙が出てきやがる)
記憶喪失から立ち直って、必死になって努力して、なぜか右半身に魔力を込められず魔法もロクに使えない底辺と蔑まれた2年間。有名になるという夢も、あの人の期待に応えるという夢も…
そして、心の奥底から聞こえるもっと敵を殺させろという声も。
全部…無理だ。
のんびりした足取りでこちらに近づいてくるオークロードに、俺は殺される。
恐怖や諦め、後悔や怒りなど様々な思いや心情が絡み合い、俺の左目から涙が溢れた。
『…………誉なき戦士は、出づる日の裁きを受けるであろう』
———斬。
「ブモ?」
「は?」
その時、不意に頭上から声がした。やや抑揚の無い少女の声。続いて長い銀髪が一瞬見えたかと思うと、オークロードの右腕が棍棒と共に地面に落ちる。
「我が
言いながら地面に降り立ったのは幻想的な美しい少女だった。銀色の長髪に病的なまでに白い肌、着ている服はどこか未来的な白色のコート。
「ブモォォォォォォォ!!!」
そんな少女にオークロードは即座に右腕を再生させ両手で覆い被さるように飛び掛かる。どうやら俺の時よりも興奮しているようだ。確かにオークはオスよりメスの方を狙うと聞いたことがある、しかし…
「…知能指数、底。連邦式脅威度指標、ランク4。著しい再生能力と保有エネルギーにやや注目すべき点はありますが…私の敵ではありませんね」
少女が呟く間にもオークロードがその体に触れようとして、半身づつ少女の両隣へ倒れ込んだ。
「な…」
微動だにしなかった少女もだが、何より頭から真っ二つにされたオークロードの姿を見て間抜けな声をあげてしまう。
(A級モンスターを…一撃?)
有り得ない、戦車砲の直撃にも耐えるんだぞ。S級探索者でも無い限り一撃でなんて…
「生命反応依然有り。エネルギー源を絶たない限り再生は続きますか」
などと俺が思考する間に、少女は顎に手を当て考えるような仕草をすると倒れ伏したままのオークロードに掌を向ける。すると次の瞬間、両断されていたはずのオークロードの体が繋がり地響きを立てて起き上がった。
「凄まじい再生速度…再生能力ならランク5に匹敵するかもしれないですね。誇って良いですよ。無限に等しい宇宙にもここまでのモノをもつ生物はそう多くありません。まぁ、研究対象にならない程度にはいますけど」
(この娘は何を言っているんだ?なんで怒りを顕にするオークロードを前に平然としてられる…?)
「ブモォォォォォォォ!!!!!」
オークロードの咆哮により空気がビリビリと震え、壁や天井にヒビが入った。憤怒を含んだ声に俺は思わず耳を塞ぎ顔を歪めてしまうが、少女は一切気にする様子は無く話し続ける。
「うるさいですね。音波による威嚇など、もし私が聴覚機能を持たなかったらどうするつもりで————」
「ブモォォォォァァァ!!!」
「危ないッ!」
魔力を纏ったオークロードの突進。先程俺に対して放った攻撃とは比べ物にならない速度だ。あんな物食らったら…!
「データは取れたのでもう結構です。さようなら」
焦る俺をよそに少女は言い再び掌をオークロードへ向けると、蒼い光条がオークロードを貫いた。
「ブガ…ア…ガ…」
「目標体内 高エネルギー体破壊。“6式空間衝撃砲“ 使用回路冷却並びに生体スキャン開始」
苦悶の声をあげながら再び地に伏したオークロードは、地面に痕を残しつつ停止。対する少女はしばらくオークロードの死体に手をかざしていたが、やがてこちらを振り向き歩み寄って来る。
「ッ…」
その際目に入った少女の顔を見て俺は思わず息を呑んだ。まるで星空を閉じ込めたかのように光が瞬く濃い蒼色の瞳に、端正な顔立ちも相まって見惚れてしまう。
でも俺の探索者としての部分が、目の前の得体の知れない少女へ警鐘を鳴らしていた。
(ちょっと待て、S級探索者全員の顔は覚えてる。けどこの少女は見覚えがない…そして彼ら以外でオークロードを圧倒できる存在なんか…)
———S級モンスターしか居ない。
思い至った瞬間、一転して体が強張り冷や汗が吹き出した。人間離れした顔も、感情を映さない瞳も、もはや不気味にしか感じない。
「く、来んな…」
近づいて来る少女が腕をこちらに伸ばすのが見えた俺は、一撃で斃れたオークロードを思い出し目を瞑る。
…だがいつまで経っても来ない痛みに恐る恐る目を開くと、掌を俺に向けるのではなく差し出している少女が目の前におり、無表情だった顔にほのかな笑みを浮かべ口を開いた。
「お久しぶりです、マスター」
「………へ?」
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