第17話 弾丸を叩き込む最後の一撃


 宝箱の中からのぞく巨大な牙が、ユイの視界いっぱいに迫る。


(あ……これ、死んだ……)

 目の前に迫る“死”に、身体が硬直する。


 このダンジョンでは死んでも生き返る——それは頭では理解していた。


 けれど、死ぬ瞬間の痛みも、恐怖も、絶望も、何もかもは本物で。


(ごめん……みんな……配信、何日か休んじゃうかも……)

 喉がひりつき、心臓が潰れそうなくらい激しく脈打つ。


 死ぬことになんか、慣れるわけがない。


 ユイはぎゅっと目をつぶった。


 次の瞬間——。


 ガチンッッ!!


 鋭い音が鳴り響き、何かが激しくぶつかり合った。


 だが痛みは来ない。


 噛み砕かれるはずだった衝撃もない。


 ユイはゆっくりと目を開いた。


「……え?」

 自分は宝箱の牙の外側にいた。


 そして、その身体は——


「……さ、佐藤……?」

 彼の胸の中にしっかり抱きかかえられていた。


 ◆ ◆ ◆


「ユイ!!」

 宝箱が変形し、牙が生えた瞬間、アキラはすでに動いていた。


(間に合えっ!)

 彼は寸秒の間に「ハッキング」を発動し、ステータスを極限まで敏捷に集中させる。


(筋力はユイを抱えて動くギリギリの値に、持久力も最低限。そして――HPと耐久力は初期値に戻す!)


 空気を裂くほどの加速でユイへ飛び込み、その身体を抱え上げると、怪物の口が閉じられる寸前で跳躍。


 ガチン! と牙が閉じた瞬間には、もう二人はその外にいた。


「っ……!」

 地面に着地すると、アキラはユイをしっかり庇うように抱えたまま衝撃をいなす。


騎士:【姫が!?】

騎士:【やばいっ! 死ぬ!】

名無し:【ヤバ】

名無し:【ミミック?】

騎士:【え……助かった!?】

名無し:【あの距離で助けられるのか……】

 コメントが怒涛のように流れる。


「さ、佐藤!? え、なに……?」

 ユイは状況を理解できず、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。


「間に合ってよかった……!」

 アキラは胸に抱いたままのユイを見下ろした。


 温かい声。


 ユイの心臓が、ドクン、と跳ねる。


 その瞬間——


 ぽたり、とユイの頬に血が落ちた。


「っ……血……!?」

 ユイは驚き、アキラの顔を見上げる。


 アキラの頬には、ミミックの牙がかすったのか、赤く線状に傷がついていた。


 HPバリアと耐久力を極限まで削って敏捷に振ったため、紙一重の接触でも傷を負ってしまったのだ。


「あ、あんた怪我してるじゃないっ!」

 ユイが焦ったように手を伸ばすと、アキラは苦笑して言った。


「大丈夫。これくらい、かすり傷だよ」

 アキラはユイを安心させるように笑い、そっと彼女の頭をなでた。


「ひゃ……っ」

 ユイはくすぐったそうに目を細めたが、次の瞬間、アキラがハッとしたように慌てて手と体を離す。


「あ……ご、ごめん!」

 ふっと体が離れたことに、ユイは僅かに不満そうな表情を浮かべたが、すぐに目の前のモンスターに向き直る。


「で、どうしますか?」

 アキラが警戒を解かずにミミックへ視線を向けながら聞く。


「どうって、倒すしかないでしょ!」

 ユイは勢いよく背後の入り口へ視線を向けたが、いつの間にか、通路は岩で封鎖されていた。


 ミミックが宝箱の中から手足を出そうとしているが、体と箱の口が引っかかっているのか、なかなか出てこない。


『あのモンスターはミミック、レベルは29です』

 ドローンのカメラから敵を解析したレイアが、落ち着いた声で告げる。


「29って……ユイよりも4レベルも高いじゃない!」

 ユイが驚きの声を上げる。


「俺は13なので、倍以上ですね」

 アキラは苦笑いしながら頭をかいた。


「はぁ!? アンタ前8レベルだって……まあ、いいわ。それより、ユイに敬語なんて使わなくていいわよ」

とユイが腕を組む。


「いやぁ、でもDライバーの先輩なので……」

 アキラが困った顔をする。


「ユイが良いって言ってるんだからいいの!」

 腰に両手を空け、頬を膨れさせるユイ。


「分かりま……分かったって、ユイ」

 途中でユイに睨まれ、アキラは敬語を止めた。


「うん! それでいいのよ!」

 それを聞いてユイが笑顔になる。


騎士:【姫がメス顔を……うっ、頭が……!】

騎士:【おい。おっさん、姫を守ったのは褒める。だが距離が近い】

名無し:【姫リスナーが荒れてて笑う】

名無し:【おっさん……やるな】

騎士:【いやいや距離近すぎ】



『来ます! 備えてください』

 レイアの警告で目を向けると、ミミックは宝箱の中から手足を完全に出し、その巨体が動き出そうとしている所だった。


 身構えるアキラ。


――だが。


「……遅い!?」

 ミミックは拍子抜けするほど遅かった。


 だいたい、普通の大人が走るのと同じくらいの速さだ。


「油断しないで、アイツに食われると即死よ!」

 ユイが緊張した声で注意を促す。


「即死って!」

 慌てて距離をとるアキラ。


「文字通りよ! あいつに食べられると、もう助からないわ!」


「ならっ!」

 アキラはソウルイーターを出現させ、ミミックを狙って切りつけるが――


 金属がぶつかるような激しい音と共に、刃は弾かれてしまう。


「かっ……固い!?」

 驚くアキラ。


「そいつ、スピードが遅い代わりに防御はバカ高いのよ!」


「ぐっ!」

 ミミックがソウルイーターをつかむ。


「それにパワーもあるわ、引きずり込まれないで!」

 ユイの叫び声に、アキラは咄嗟にソウルイーターを手放してミミックから離れる。


 ソウルイーターはそのままミミックの口の中に飲み込まれてしまった。


 アキラは再びソウルイーターを呼び出そうとするが、出現しない。


『SR武器、ソウルイーターはロストしました。死に戻り、または一度脱出しない限り再生成はできません』

 レイアが機械的な声で状況を説明する。


「くっ! まじか……!」


「仕方ないわね……佐藤くん、悪いけど囮をお願い! アイツの箱の中を正面に向かせて!」

 ユイが叫ぶ。


「任せろ!」

 アキラは腰のメイスを抜き、ミミックの注意を引きつける動きをした。


 ミミックがアキラを追うように向きを変える。


 その後方で——

「——ユイの切り札、見せてあげるわ!」

 ユイが光と共に武器を生み出す。


 それは彼女の身の丈を超えるほどの大型の狙撃銃だった。


騎士:【出たあああああ!! 姫の切り札!!!】

騎士:【勝ったな、風呂入ってくる】

名無し:【すげぇ、なんだあれ】

名無し:【あれもダンジョン武器なのか?】


 アキラは敏捷と耐久にステータスを振り直して、ミミックに対して囮となり、ミミックの箱の正面をユイに向かせた。


 ユイは狙撃銃を構え、深く息を吸う。


「念のためよ! ユニークスキル——」

 彼女の瞳が虹色に輝く。


「《クイーンオーダー女王の宣告》ッ!!」

 狙撃銃がオーラを纏い、銃身が淡く紫に光る。


 ユイが引き金を引いた。


 ドッ!!!!


 砲撃のような衝撃が坑道内を震わせる。


 だが——


「なっ!?」

 ミミックは自身の手足ごと蓋を閉じて防御した。


 血しぶきと共に手足が飛び散り、蓋に高速で回転する弾丸が着弾した。


 蓋は大きくへこんだが、貫通するにはまだ至らない。弾丸はへこみの中央に突き刺さったまま、高速で回転している。


「くっ……あと少しだったのに……っ!」

 悔しげに歯噛みするユイ。


「十分だ、弾丸は箱を貫通しかけてる!」

 アキラはメイスを構え、力強く言った。


「え……?」


「あとは、俺の役目だ!」

 アキラは大きく踏み込み、メイスを構え——


「いっけぇぇぇ!!」

 ユイが撃ち込んだ弾丸の、尻の部分を狙ってメイスを振りかぶった。


 メイスの全重量と運動エネルギーを乗せた一撃が、狙撃銃の弾丸を叩く。


 バキィィィン!!!


 最後のひと押しとなった弾丸は、へこんだ蓋を完全に吹き飛ばした。


 弾丸は蓋を貫通し、ミミックの内部をズタズタにする。


 ミミックは絶叫し、全身の動きを止めると、そのまま黒煙を上げて崩れ落ちた。


 静寂。


「……すご……」

 ユイは呆然とアキラを見つめる。


「これで、取れ高的にもバッチリだろ?」

 彼は軽くメイスを肩に担ぎ、笑う。


 ユイの心臓がまた跳ねた。


◆◆◆



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メモ


● ダンジョン武器・防具の特徴


 ダンジョン装備は、普通の武器と違い死に戻りやダンジョン脱出をすると、壊れても 元の状態に復元される。


 レア度に関係なく、この復元は必ず行われる。



● 所持できるダンジョン装備の上限


 ダンジョン装備の「実体化した結晶」として同時に持てる数は最大10個まで。


 新しいダンジョン装備を実体化しようとした時、すでに10個持っている場合は


「持っているどれかを捨てる」 か「新しく実体化する方を諦める」のどちらかを選ばないといけない。


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