3-6:討伐依頼

 幾らでもやりようはある。

 方法を考えるのも、醍醐味のひとつだ。




 ◇ ◇ ◇




 到着してから10分くらい。

 俺たちは依頼主とコンタクトを取り、内容の詳細を聞き出していた。


「と、いうことなんですが・・・・・大丈夫ですかね・・・?」

「問題はないはず。内容の復唱は?」

「あっ、しなくても大丈夫ですよ・・・」


 やたらと腰が低い依頼主。

 この村の村長らしき人なのだが、ご高齢っぽいし荒事を立てたくないと思うのは仕方がないことなのか。

 しかし、望まなかったから無理にしなかったとはいえ、内容の復唱くらいはさせてほしかった。

 俺の認識が間違ってたら怖いし。


「了解・・・。じゃあ、パッと片付けてきますんで」

「お願いします・・・」


 ぺこぺこと頭を下げるおじいさんに見送られながら、俺は扉を開けて外に出た。

 何故か家の中に入れるのは俺だけと言われたため、ティアとキクさんは外で待たせている。

 理由はよくわからなかった。

 仮に何かの対策だとするなら、この世界には俺では想像もつかないほどヤバい連中が居るのかもしれない。


「・・・グレイア、どうだった?」


 どうだった・・・と聞かれれば、べつにどうもない。

 周囲環境への被害を最低限にしてくれという文言以外は殆どが常識の範囲内に収まるものだったし、わざわざ覚える必要はないと判断している。

 それこそ「依頼のためという大義名分を利用して、関係のない村民に危害を加えないこと」なんて、そんなことをする奴は依頼とかいう以前に人として終わっているし。

 まあ、そういうことをする輩が居るからこそ、こういった注意喚起がなされるのだろうが。


「周囲環境への被害は最小限に・・・としか。

 それ以外はとくに何も」

「わかった」


 尚、キクさんはあくまで「見守る」ことに徹するらしく、俺たちが仕事を行っている途中は、その行動の一切合切に口を出すつもりは無いとのこと。

 ただし、俺が質問をしたりすれば、その時は答えてくれるそうだ。

 あまり過保護でないというのは嬉しいことだな。


「ニア、目標の位置を推定して、HUDにマークを」

『了解。探知、追跡します』


 俺が命令をすると、ニアは指示を受け取って探知魔法を起動して周囲環境を調べていく。

 HUD関係の機能は全てがニアに依存したものであるため、俺の指示の正確さも試されるが───この程度の指示なら、そこまでの解像度は必要ない。

 今のニアは俺の頭の中にいるわけだから、俺と同じものを見聞きしているわけで。

 俺が「わかっているだろう」と思って脳死で指示をしても、ニアはしっかりと正確な判断をすることができる。

 ・・・が、それが癖になってしまうと通常のコミュニケーションに支障が出てしまうため、できる限り脳死指示は避けたい。


『マークしました。11時方向、約1キロメートル』

「把握した。ありがとう」

『どういたしまして。マスター』


 ニアからの通知が入ると、俺の視界の真ん中からちょっと左の辺りに目標を示すためのひし形のアイコンが現れた。

 コンパスから見ると、ちょうど北北西ってとこか。

 というか、どうでもいいがこの家、限りなく正確に近い角度で北向きなんだな。


「じゃあ行こう」

「うん。早く済ませて帰ろう」


 俺の無駄だらけの思考とは裏腹に淡々と進む会話がひと段落し、とりあえず目標への移動を開始することになった。

 来る時とは違い、普通に徒歩で。

 ちょうどキクさんに聞きたいこともあったし、丁度いい。




 〇 〇 〇




 歩き始めて少し経った頃。

 俺はキクさんに質問を投げかけつつ、足を進めていた。


「今回の魔物ねえ〜・・・」

「予想つきます?」


 俺の質問に対し、むぅーと唸りながら指を顎に当てて思考を巡らせるキクさん。


「・・・・・たぶん、群体型のネフリスワシモドキだと思うんだよね〜」


 自信なさげにこちらを向き、そう回答するキクさん。

 何らかの猛禽類っぽい名前の魔物だってことは分かったが、モドキってことは本物のワシが居るのか、この世界。


「Cランクで巣を形成する群体型の鳥系魔物ってことだから、そうだとは思ってるけど〜・・・

 私の専門じゃないから、合ってるか不安だな〜」

「なるほど」


 不安だとは言うが、正解の確率はかなり高いだろう。

 彼女とて討伐の仕事をしないだけで、治安維持やその他諸々の観点から見ても本職であることは変わりないだろうし。

 そして、名前が予想できたなら、詳細は限りなく正確なソースに求めるべきだ───ということで、この話の続きはニアに聞いてみる。


「ニア、ネフリスワシモドキってどんな魔物?」

『調べます。待機を』


 少し前、ティアが知りたかったことを調べて以降使っていなかった、ニアの新たな能力。

 これを使えば、限りなく正確なソースから情報を持ってこれるはずだ。


『・・・情報によれば、ネフリスワシと呼ばれるタカ目タカ科ネフリスワシ属に分類される鷲の一種に擬態した、自然魔力生命体であるそうです。

 そのため、末尾にモドキという文言が着いていると』


 淡々と情報を述べるニア。

 そういえば、今回はHUDに共有しろとは言わなかったな。

 だから読み上げてるのか。


『体長は元となったネフリスワシの3倍ほどで、翼幅も同様の倍率で約6メートルほど。

 容姿はマスターの記憶している種の中から探すと、イヌワシと呼ばれる種に似ていると思われます』


 でかい。

 そんなもんが元の種猛禽類とは違って常に群れている挙句、その群れのままで人を積極的に襲うとなれば───確かに、こんな依頼を出すのも納得できる。

 控えめに言って厄介極まりない。

 その辺の小規模な集落なら軽く滅ぶかも。


「・・・ちなみに、俺のストーム・プロテクションを魔物にぶち込んだらどうなるんです?」


 そして、そんなことを質問してみる。

 周囲の魔素をジャミングして、魔素に起因する全てを無力化する俺の技術を、体の全てが魔力で構成されている生物にぶち込んだらどうなるのか。

 戦闘のことだし、俺自身の推測じゃなくて本職に聞いてみたかった。


「あれってさ、範囲内の魔素全てをすごい速度で振動させて、その周りとの結合を絶ってるんでしょ〜?」

「ええまあ。だいたい合ってると思います」


 ・・・とは言うが、実の所は何も分かっていない。

 俺個人としては、なんか規模がでかい電子レンジみたいなものだとわけだが。

 魔法じゃないから現象そのものの詳細は把握できていないし、そもそも魔力の放出の指向性を調整しただけでこの現象を起こせる理由が謎なものの、それでも再現性が非常に高いが故に利用できているってだけだ。

 しかし、もっと練度が高くなれば腕に纏ったりすることもできるだろうし───仮にそうなったとしたら、敵対する存在が張ったバリアを片っ端からぶち破っていく変態が誕生することになる。

 戦闘が軽くギャグになるな。

 どんなに硬いバリアでさえ、結局は魔素を変質させて構築しているものなのだから。


「それならたぶん、核の魔石ごと木っ端微塵になって消し飛ぶと思うよ〜。

 人で言うなら、体の中の水を弄られることと同じだと思うし〜」

「・・・エグいっすね」

「使ってる本人がそれ言う〜?」


 駆動中の電子レンジの中に手を突っ込んでしまった人の話を聞いたことがあるが、それと同じような状況が全身に起こるのと同義で、かつ当該の事件とは威力も浸透速度も違うわけだ。

 しかも魔物は体の全てが魔素で構築されているし、そりゃ一発で木っ端微塵になるのは頷ける。


「でも、そうすると素材になる魔石が回収できなくなっちゃうから、常用するのはオススメしないかな〜。

 しかもその技、魔力の消費けっこう激しいんでしょ〜?」

「そうですね。

 なら、こういう状況じゃない時は使わない方が良さそうです」


 戦闘が素早く終わることに対するギブアンドテイクだと考えれば、素直に妥当だと判断できるところだろう。


『マスター、目標地点付近です。警戒を』


 ニアの通知を聞き、俺は足を止める。

 雑談をしていたからHUDを気にしていなかったが、よく見ると距離があと100メートルを切っていた。


「・・・あれか」


 そしてでかでかと視界に移る、笠を逆にしたキノコみたいな構造物。

 恐らく上の部分が巣なのだろう。

 やたら鳥みたいなのが飛んでいる。


「グレイア、どうする?」


 同じく構造物を認識したティアが、俺に判断を委ねてきた。


「・・・魔物は可能な限り逃がさない方がいいよな」

「たぶん」


 巣の魔物は俺がストーム・プロテクションで一掃するとして、あとはその範囲外にいる魔物だ。


「なら、俺のストーム・プロテクションが干渉しないくらいの範囲で一方通行のバリアを展開して、その後は流れで行く感じで」


 時短がしたければ、魔物からのヘイトを集めるような魔法を使用すればいいのだが、今回はタイムアタックをしているわけでもないし必要ないな。

 それに、仮にヘイト系の魔法を使ったとしても、結果は数秒しか変わらないはずだ。

 焦らなくていい。

 そんなに多くのことを一度に試す必要はないのだから。


「じゃあ、バリアはどっちが張る?」

「言い出しっぺの法則で俺がやる」

「・・・何それ」


 おっと、これは異世界ことばの範疇だろうか。

 それなら、アイデアを提案した時は、まず提案した人間がそのアイデアを実行するべきである・・・・・って感じの考え方だって思って貰えればいい。

 今回は俺が作戦を立てたわけだから、俺ができることは俺がやるべきだって言いたいわけだな。


「・・・・・読んで字の如く。

 とにかく俺がやるってことだ」

「わかった」


 俺が説明を放棄するような文言を口にすると、ティアも理解できないという旨の返答をする。

 彼女がそんな答え方をしたのは、表の会話の流れから考えて、ここで理解してしまったらガッツリ不自然だからか。

 なんか、めっちゃ頭いいっぽいムーブができて楽しいなこれ。


「なら後で解説する。今はさっさと、あの巣を潰そうぜ」

「了解。後ろは任せて」


 伸びをしつつ、俺は胸に手を当てて身体強化状態に移行する。


「プリセット2。20パーセント」


 この程度の依頼なら身体強化を使う必要もなさそうだが、使えるなら使ってみたい。

 俺の思っている通りなら、20パーセントでも相当な量の強化を得られるはずだ。


「よし、やろう」


 そう呟き、飛び上がる。

 空中に張った小さなバリアの上に立った俺は、今から張るバリアの位置と範囲を勘で設定し、展開を行う。

 あの謎オブジェ魔物の巣を見た時点で、これから展開するバリアの範囲はざっと思い浮かんでいたため、無駄にカッコつけたくてキメた指バッチンをトリガーにしてバリアを起動する。


「ワン・ウェイ」


 特に名前を思いつかなかったのでテキトーに言った詠唱と、無駄にカッコつけたくて鳴らした指の音が鳴り響く。

 すると魔物の巣の中心を基準とし、半径30メートルほどの巨大なバリアが展開された。

 少し濁った水色をしたドーム型のバリアは、内側からの移動をシャットアウトし、外側からの移動だけを通す。

 あとはそのバリアの中で、魔物をまとめて消し飛ばすだけ。

 そのため、俺は初めての遠距離瞬間移動魔法を使い、今いる位置から観測できた巣のド真ん中へと瞬間移動する。

 いしのなかにいる・・・みたいなマヌケな状態に陥らないように気を配ったお陰か、俺の体は床部分から3メートルほど高い位置に出現した。

 そして着地し、攻撃されないうちにアレを発動するため、俺は体内の魔力を操作していく。


「・・・・・」


 バチバチと銀色の魔力が輝き、俺の体からスパークとして漏れ出る中、俺はタイミングを見計らって一気にその魔力を解放する。


「───ストーム・プロテクション」


 指向性を調整した魔力の放出は半径15メートルほどの範囲の魔力を徹底的にジャミングし、その銀色に輝くスパークとともに荒々しい嵐のような姿を数瞬のみ現した。

 そして、これをくらった魔物はというと───核となる魔石にも影響があったお陰か一瞬で力尽き、霧散しながら地面へと真っ逆さまに墜落していく。

 強いとは思っていたが、まさかここまでとは。


「ギィーッ!!」

「ピィアーーッ!!」


 なんて俺が感傷に浸っていると、今の爆発の範囲外にいた魔物たちが仲間の敵を討たんと飛びかかってきた。

 とても速いし、でかい。

 でも、避ける必要はない。


「ビィ───」


 瞬間、俺に飛びかかってきていた2匹の魔物がビーム系の魔法によって消し飛んだ。


『グレイア、まだ終わってない』


 そんな説教をティアから受けつつ、俺は残りの魔物の殲滅に取り掛かり始める。

 残りの魔物の数はだいたい10匹くらいで、べつに武器を出さなくても対処はできそうな雰囲気。


「撃ち落とすか」


 そう呟きつつ、探知魔法で把握した魔物の位置に瞬間移動した俺は、両手を合わせて握りこみ、上から全力で魔物をぶん殴る。

 飛ぶタイプの生き物は総じて体重が軽いのだが、それにしてもえげつない速度で魔物は地面へとぶっ飛ばされていき、森の中へと消えていく。

 この調子だと判断し、もう1匹、もう1匹と地面に落としていった先───概算して7匹くらいを地面に向けて殴り落としていったくらいで、もう周囲に魔物がいないことが把握できた。


「・・・終わったか」


 最後の魔物を殴り落とした後、展開したバリアの上で周囲を探知中の俺。

 思っていたよりすんなり終わったが故にそんな独り言を呟いていると、同じく魔物を空中で片づけていたティアが飛翔魔法でこちらに近づいてきた。

 ざっと見た感じ、怪我とかはなさそうだな。


「グレイア、怪我は?」

「とくに。痛い箇所はないから大丈夫だろ。お前は?」

「同じ。攻撃を受けたような感覚はしなかった」

「よし」


 互いに凄くテキトーな確認。

 それでも、確認しないよりはマシだろうという考えだ。


「・・・それじゃ、キクさんのとこに行くか」

「うん。あとの事は彼女が教えてくれるはず」


 そんなことを話しながら、地面へと降りていく俺とティア。

 報酬のことなどが気がかりではあるが、まあ、なるようになるだろうと考えつつ、地面に降り立つ。

 向こうで手を振っているキクさんを確認しつつ、俺は足を進めるのだった。



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