第35話 阿吽の呼吸
31日大晦日。久々の東京。
リハを終えたアルマクの2人は、夜まで別行動をする事にした。数時間だけフリーの時間を過ごした。
美縁はユキちゃんとスタジオ近くのカフェ等でリラックスした空間に思いを馳せていた。
一方の星夜は、1人で世田谷区に出向いていた。京王線の笹塚駅を降りると、そのまま徒歩で大原まで歩く。営業マン時代に過ごした営業所があるビルへ。今はもう違う会社がテナントを埋めている。転勤して来て、最初の1ヶ月、ホテル住まいだったあの時は、新宿駅から笹塚駅迄電車に乗り、ここまで歩く間にどんな事を考えていたかはもはや覚えていない。
この日は大晦日という事もあり、慌ただしく歩くビジネスマン達の姿は無いし、チェーン店以外のお店は閉まっている。懐かしい気持ちに浸っていた星夜は、あの頃の自分が今の自分になる事を全く想像していなかった事を覚えている。
人生とは何が起きるかわからない。
つくづくそう感じる。
そしてまた、笹塚駅迄歩いて戻り、駅近くにあるドトールに入った。ここでは、よく1人で戦略を練っていた。共に働く社員達とコミュニケーションをとる事も沢山あった。
そもそも星夜は今日、何故ここに来たのだろう。その答えが突然目の前に現れた。
「あれっ美縁…?ユキちゃんと一緒じゃなかったの?」
と星夜は話しかけた。しかし目の前にいる美縁は、
「あなたは誰ですか?」
と言って来たのだ。一瞬固まる星夜。
「もういいよそういうの。ここで何してんの?」
と尋ねると、
「あのー、人違いか何かでしょうか?」
と少し不愉快そうに答えてくる。星夜は混乱していたが、ふと冷静に見てみると、なんだか目の前にいる美縁のファッションが昔っぽい気がする。タイトめのレザージャケットにダメージジーンズ、スタッズやチェーンのついたベルト、そしてブーツ。オールブラックで統一されている。ピアスも沢山開いていて髪は金髪。明らかに『今の』美縁では無い。
「大変失礼致しました。自分の親友にそっくりだったので、名前は美縁ではないんですよね?」
探るように星夜が質問すると、
「名前は清です。」
とだけ言って、こちらを眺めている。
『清』と名乗る30歳前後ぐらいの彼が、しばらくの沈黙の後、星夜に話しかけてきた。
「ところであなたも俺の親友によく似てるんですけど…。失礼ですがお名前は?」
そう質問された星夜が名を告げると、
「俺の親友は誠(まこと)って言うんでまあ別人ですね。」
と言って星夜の前の席に腰掛けた。
「なんか似てる人っているもんですね。星夜さんは、まことに声もよく似てるのでびっくりです。」
その言葉を皮切りに、『初対面』の2人は雑談を交わした。
聞けば清くんは自称ミュージシャンでずっと音楽を続けてきたけれど、中々売れないので、
もう音楽は趣味として生きるか悩んでいるそうだ。一方の星夜は、アルマクとして大人気のアーティストだとは告げず、営業マンをしていると答えていた。星夜は、清くんの親友のまことくんは何をしているのか尋ねてみた。
「誠は結婚して夫婦で居酒屋やってますよ。とても楽しそうです。来週久々にお店に顔出して来ようと思ってます。」と教えてくれた。
「でも本当は誠とずっと音楽を続けたかったんですよ。彼は結婚して音楽はスパっと辞めて。昔話していたのとは違う人生を歩んでいます。僕だけ時が止まったままなんですよ。」
清くんはそう寂しそうに語っていた。
「僕らは保育園からずっと一緒だったんですよ。おまけに誕生日や血液型も一緒。凄くないですか?ここまで偶然の一致が重なるとキモいでしょ?」
その話を聞いて少なからず衝撃を受けた星夜は、
「もしかして誕生日は4月23日?」
と聞いた。すると清くんは驚いた様子で、
「そうです!よく分かりましたね?!」
と答えた。この時星夜は、美縁から聞いていた『清さん』と言う人の事を思い出していた。
偶然にしては色んな事が重なり過ぎて星夜も戸惑っている。清くんは更にこんな質問を投げかけてきた。
「それで星夜さんの親友の美縁さんは何してるんですか?」
これには、
「奥さんと2人幸せに暮らしているよ。」
とだけ答えたのだった。星夜が話を逸らそうとした事を察知した清くんは、話題を変えようとしたが、話していてお互いの時代背景がぎこちなく合わない事に気づいていく。
「やばい!そろそろ行かなきゃ。」
と言った清くんが、
「星夜さん、今日はありがとうございました。人生の先輩として今後の僕に何かアドバイスもらえませんか?」
と聞いてきた。星夜は髪をかいて少し戸惑いながらも、
「そんなに偉そうな事は言えない…。でもまあ自分がなりたい自分になるまで諦めるな。ありきたりな言葉だけど、人生は1度きりだから。」そう伝えた。清くんは嬉しそうに笑っていた。そして、
「星夜さん、【阿吽の呼吸】って言葉あるじゃないですか。僕と誠にもそれがあったんですけど、この言葉ってとても便利なようでなんだか苦しいんですよ。やっぱりはっきり言ってくれる、言い合えるのが1番ですよ。特に側にいてくれる大切な人にこそ。気持ちなんて、わからないです。ちゃんと言葉に変換しなきゃ。
あなたはとても聞き上手だけど、あなたの思いや言葉を知りたい、聞きたいと思うんですよ…。ってなんか年下の僕が偉そうでしたね。今日はお会い出来て良かったです!美縁さんにもよろしくお伝えください。それではさようなら!」
そう言って去って行った。
星夜は、しばらくその場で清くんの後ろ姿を眺めて動けずにいた。
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