第22話 THEパワハラ上司

都築支店長にとっては人の気持ちや事情等お構いなしだ。自分が何もしなくても数字はちゃんと作ってくれて、自分に対してなるべく意見してこない部下が欲しいのだ。数字の調子が良い時は黙っておいて、たまに成田課の調子が落ちると直ぐ上に異動の話を持ちかける。

星夜は、徐々に都築支店長と距離を置くようになっていった。成田課が調子を落とすと、支店の数字もどんどん下降していった。何ヶ月もノルマ未達が続いても、ベテランの都築支店長が降格になる事は無かった。

これも後でわかる事だが、会社としては、都築支店長の能力を買っている訳ではなく、降格させたところで使い道が無いとの判断だったようだ。定年までまだ数年ある。

この頃会社としても、この様に過去に実績はあるが、どんどん衰えていくベテラン社員達の処遇に頭を悩ませている様だった。

星夜にはありがたい事に様々なところから情報が入ってくる。

そしてここから星夜には、どうしても許せない事が起こるのだ。


前年度支店でトップの成績に終わった成田課。そして、今期も特別良いとは言えないが、依然としてトップで支店に貢献している成田課は、活躍していた社員を突然奪われ、この人だけは勘弁してくれと言う社員を預かる事となった。事前の相談等は何もなかった。社員1人との関係を構築するのにも、膨大な時間と労力が必要だ。この業界で、継続して契約をとり続ける事は簡単な事じゃ無い。コツコツと時間をかけて関係性を築いて来たものをある日突然壊された思いだった。

積み上げるまでは果てない道も、壊す時はあっという間。そう言うものだと思う。

もう一つは、苦労して契約した星夜の案件が、着工遅延になった事。

会社には規定があり、契約後、何日以内に着工する事、着工から何日以内に完工する事と言う明快なルールがある。これはお客様目線で考えて当たり前の話だ。しかし、この期日を過ぎる事があると、報奨金が減額となる。

この契約案件は規模も大きかったし、報奨金の規定通りに進めなかった場合は、担当営業としては数十万円の損害だ。数十万円と言うのは、10万、20万では無く、50万以上、100万円未満を指す。

あんなに散々、契約前も契約後も確認してデータも残していたが、都築支店長は建築とのスケジュールの確認を怠っていたのだ。後回しにして忘れていたのだろう。ほとんど同行支援もせず、時間は沢山あったはずなのに。

星夜は前期、成田課として支店トップで終えた際に、何か要望はあるか?と都築支店長に聞かれた事があった。課の社員からも聞き取りをした上でいくつか出した要望は1つも通る事が無かった。なので、せめて着工だけはうちの課の物件を優先して、全てが遅延にならない様にお願いしていた。都築支店長もそれはわかったと言っていた。結果を出してくれている社員に対して、頑張って要望を通す素振りもない、簡単な約束も守れない。まあ守る気がないのだろう。ただ利用しているだけだから。

上司が守れない約束を部下と簡単にするという感覚が星夜には全く理解できない。

この時は静かにキレていた。


この支店では半年に1回、支店長と社員達の1対1の個人面談がある。例外なく星夜にもその面談がある。星夜はとにかく気が重かった。

これだけわかり易く嫌がらせを受けるのであれば、課の他の社員達にも良くないと考えた星夜は、この面談の内容次第では、降格を申し出ようと思っていた。

この個人面談の際は、必ず何人もの社員から事前に連絡が入る。最近思っている事、支店長への不満が話題の大半だが、営業の世界では良くある情報交換だ。成田課長は労いの評価をちゃんと受けた事があるのか?と聞いて来る人も多い。この中には、自分もそれをされた事がなく、やる気を失ってしまった人も含まれる。


そんなやりとりがあり、星夜の面談が回って来た。席について言われた第一声は、

『転勤する気ない?』だった。

これにはずっと一貫して同じ事を言い続けてきたが、

「ありません」とだけ答えた。

都築支店長は続けてこう言った。

「このままここにいても成田課長にとって良くないと思うんだよ。」

は?星夜は内心そう思ったのだ。

自分はプライベートの役割等も含めて、家から近いこの支店が良いとずっと言い続けて来た。「あのう、どう言う意味でしょうか?」

逆に星夜は質問してみた。

すると支店長は、

「私に対して不満があるのだろう?だから違う支店に行けば良いじゃないか。そう言う意味だ。」

と話して来た。

この時の星夜の心境はどう説明するのが正解なのだろう…。

怒り?呆れている?虚しい?悲しい?がっかり?…。

どれも正解な様でどれも本質は捉えていないような。何とも言い難い感情だった。

そんな星夜にはお構いなしに、支店長は続ける。

「ここの支店の長は私だ。誰が何を言おうと私の言う事が絶対なんだよ。言ってる意味わかるかな?私に文句を言うなど言語道断。あなたはそう言う立場じゃないんだよ。正しいとか間違ってるとかそんな事は重要じゃないんだ。この支店はなかなか私を超える人間が出てこない。だから私はこの立場にいる。それが理解出来ないなら違うところで頑張れば良いじゃないか。」

…。星夜は少し間を置いてから、

「それなら課長職を解いて一般社員に降ろしてもらえませんか?私は文句を言ったのではありません。当たり前の事を事実に基づいてお話しただけです。正しい、間違っているが重要ではない?権利を主張する事が文句で言語道断?ここはあなたの会社ですか?一般社員に降ろして頂ければ私は自分の事だけに集中し、支店長に何も言いませんよ。ただ、これまでずっとこの支店に数字で貢献して来て、心からの労いの言葉を1度も頂いた事がありませんので、一緒に仕事するのは難しいのかもしれませんね。お互いに会社員ですし、支店長と私で決める事でも無いだろうと思いますので、私は会社の決定に従う迄です。」

と感情は一切表に出さず、淡々と自分の気持ちを述べた。支店長は、

「一般社員に降りた成田さんなら余計に要らない。」

と言った。

星夜にとっては、冒頭の支店長からの言葉が全てだった。この人には感情的になる必要も価値もない。『話し合い』が出来ない人にムキになっても何も生み出さない事を星夜は知っている。

支店長は言葉を失った後、自分から支社長とブロック長に話してみると言っていた。星夜は、「承知しました。」

と言って、面談時間が過ぎた為、また営業に戻って行った。

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