第3話 “休暇中に”来た、初めての海《あたし》

納得した私は両手の力を抜き、気を付けの姿勢になる。

「おい、なっなんだ、変なことをしたら撃つぞ。」

「あぁ、打てるものなら打ってみろ。【礼】」

私は静かに頭を下げ、礼をする。同時に下がる両手を太ももの横に沿わせながら一番深くお辞儀した際に、少し手の甲が相手に見えるように。

「くそっ、【死ね】‼」

刹那。

彼は捨て台詞のように言葉を吐き、引き金を引いた。

銃口から弾丸が発射される音が聞こえる。

静かに顔を上げた時、弾丸は真っすぐ私に向かって飛んできていた。

銀色の弾丸に黒いオーラが汚く纏わり付く。

しかしよく見ると黒いオーラは不規則にキラキラと銀色の体を見え隠れさせている。

『弱いな。』

次の瞬間私が発した言葉は空気を切るような勢いで広がる。

「【ありがとう。私は元気に生きます。】」

言葉を発するや否やこちらに向かってきていた弾丸は角度を変え空へ飛び去って行く。

もちろん私に当たるはずもない、だからこそ死ぬはずもない。

「な、なんだとっ⁉ならもっと撃ってやる。」

男性は銃を何度でも撃つが全て私から外れて通り過ぎていく。

気づけば直ぐに弾丸は飛んで来なくなった。

「嘘だろっ⁉」

男性はアニメに出てくるキャラのように茫然と口を開け、銃を見つめる。

なんだその顔は。

どうやらすべて撃ち切ったようだ。

「はぁ、君は我々エフティヒアのことを甘く見過ぎだよ。これが言靈ことだまの力だ。」

私は少し下がってきた髪を掻き上げて、腕を組む。

汗はまだそれほど掻いていない。

「にしても、君はディスティヒアにしては我々の情報を知らなさ過ぎる。それに簡易言彈かんいげんだんも扱いなれていない。」

そういって黒いオーラを纏う拳銃を指す。

ディスティヒアになったばかりの人間は魔法である言彈を使うことが慣れていないため、このような武器を通して言彈を放つ。

この黒いオーラというのは負のエネルギーと呼ばれ、人々の憎しみ悲しみなどの負の感情から生成されたものであり、このエネルギーによって魔法は成立している。

しかし、この男が持つ負のエネルギーは少し弱い、というか揺らぎがある。

先程撃った弾丸も負のエネルギーを完全に纏わり付かせていないむらがあり、不完全な言彈であった。

「やはり、君は囮だね。」

睨みつけると彼はねっとりとした笑顔を作った。

「へへ、頭がよく回る女だ。良く分かったな。」

男性はゆっくりと拳銃を下ろした。

「さっきの復讐の話も嘘だろう。本当のことを教えて、君を操っている黒幕は今どこにいる?」

私は彼の目を見つめながら間合いを詰める。

「へへ、いい時給だと思ったんだがな。ばれちゃしょうがねぇな。」

男は目を逸らしヘラヘラとにやけた。

どうやら私の話を聞いていないらしい、この男は。

「どこにいると訊いている。さもなければこの左腕がどうなるか分かるよね。」

私は静かに毛が生え散らかした左腕を指さす。

そして彼の目の前に立った私は首を少し傾け彼の目を鋭く凝視した。

すると気迫で負けたのか男は身を縮め、捕まえていた腕を外し女性を解放する。

「こちらへ。」

私はすかさず女性の腕を引いて身に寄せ、背後へ隠す。

男は両手を上に上げながら、しどろもどろに答える。

「い、今頃逃げた奴ら、を、ぜ全員殺しているんじゃあ、ないかな?」

「何だとっ⁉」

私は透かさず後ろを振り向き、先ほど逃げた人々が逃げ込んだであろう海の家を見ようとする。

しかし実際には後ろには女性が立っており、勢いよく振り向いた私を見て慌てふためいた。

「あぁ、すみません。すぐ退きます。」

小鳥のようにせかせかと視界の端に外れたのを確認し、海の家を見る。

しかしどうにも手前に野外トイレがあるため、海の家の状況を知りたいのにもかかわらず看板しか見えない。

更にここからでは離れ過ぎていて声も届かない。

『急がなければ死人が出るかもしれない、まずい。』

男はそんな私を見て嘲笑する。

「へへ、ざまぁm」

私は再び彼の方に姿勢を向け、言靈を言う。

「【ありがとう。風が吹いて倒れ、彼の体は砂の山を被ります。礼】」

私は礼をして、急ぎ足で海の家に向かって走り始める。

同時に突風が吹き、男は勢いよく倒れこんだ。そのまま倒れこんだ男の体には風で飛ばされた大量の砂が乗っかっている。

「痛った、うーわ、ってか砂重すぎだろ。」

そんな大声が背後から聞こえるが、関係ない。

『スマホであいつに連絡を。』

私はポシェットからスマホを取りだし、ロック画面の右下に映し出された緊急連絡のボタンをタップする。

画面中央には〔休暇中だけど元気にしてる?〕とメッセージが入っていた。

『そういえば休暇中だったか。そんなこと今はどうでもいい。』

私はそれを無視し、ポシェットにスマホを戻した。

勢いよく海の家に向かって走る速度を上げる。

『部下は生きているだろうか。』

私はただそれだけが気掛かりだった。

走っている私の額から汗が出る。

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