第八話 数多なる「本性」
マクミリア邸は少しばかり高台にある。馬車は緩やかな坂を下り、町へと向かう。小さな町ではあるが、活気に満ち溢れ、人々はみな笑顔だ。数日前、ここを訪れた時にも思ったが、町が賑やかで、人々が生き生きとしているというのは、統治者が素晴らしいからに尽きる。マクミリア公爵は仕事のできる人物なのだろうと感心したのだけど……実際に仕事をしているのはステファンなのかな。
「ほら、見えてきた。あれが領主庁だ」
レンガ造りの綺麗な建物。周りには商店なども立ち並び、賑やかだ。
「今日は月に一度のマルシェの日なんだ。色々な屋台が出ているから、オリヴィアも楽しめると思うぞ」
「本当……沢山お店が並んでますね」
広場には出店がずらりと並び、どこからともなくいい香りもしていた。この匂い……串焼き売ってるんじゃないっ? ああ、今から自由時間にしてくれたら、私は串焼き片手にお酒を飲むんだけどなぁぁ。などと、デート中とは思えない思考で外を眺めていた。
「行こうか」
馬車を少し離れた場所に停めると、そこからは徒歩。侍女ってそのほとんどをお屋敷で過ごすから、こうして町に出るとテンションが上がるのよね!
ぐぅぅぅ
私のお腹が、とんでもない音を立てた。
……これは、リアルに恥ずかしいやつだっ。
「そういえば朝食を摂っていなかったな。なにか食べるところから始めようか?」
くすくすと笑いながら、ステファン。くそっ。なんたる失態!
……いや、これでいいのか?
「串焼きは好きか?」
「好きです!」
被せ気味に言ってしまい、慌てて口を閉じる。公爵家の令嬢は串焼きなど絶対食べないもん! 待って、嫌われるためには、ここでツンケンした方がいいのかな?
「あ、いえ、コホン。とんでもないことですわっ。そのような野蛮な食事など、公爵令嬢である私には」
ぐぅぅぅ
「とっ、とても無理で」
ぐぅ、きゅるるる~
「……体は正直だな、オリヴィア」
なにそのエロ漫画みたいな発言は! ああ、そうですよっ、私の体は正直ですよっ。だって串焼き美味しいもんっ。
「……食べるか?」
「……いただきます」
きゅるるる~
空腹には、勝てない。
私はステファンに手渡された串焼きにかぶりついた。じゅわっと肉汁が溢れ出し、口の中に広がる。ああ、美味しい。何本でも食べられそうだ……。
「ふっ」
串焼きを頬張る私を見て、ステファンが微笑む。おっと、気を抜いている場合ではなかった。今こそ罵詈雑言を浴びせかけ、高飛車な貴族令嬢を前面に出す時!
「こんらしょくりをわらしにさせるららんて、あなら、どういうふもりかひられ?」
「んふっ、ぷくく……オリヴィア、よく噛んで食べるんだよ? ぶはっ」
「……ひゃい」
いかん、慌てすぎた。口に食べ物入れたまま喋ってはいけませんって、習ったのに!
私は一生懸命租借し、やっとの思いで、肉を飲み込む。ああ、美味しい。
「君は本当に美味しそうに食べるね」
「へっ?」
「昨日の夕飯の時も、目をキラキラさせて食べていた。しかも、出されたものをきちんと全部だ。酒癖もだが、あの食べっぷりには正直驚いたよ」
しまった!
オリヴィア様の食事風景を思い出し、私は後悔する。令嬢は、あんなにむしゃむしゃ食べたりはしない! オリヴィア様だって毎回残してたじゃないか! ああ、私はそれを見ていつも「勿体ない!」って思っちゃってたんだ。
「そっ、それは……私たちは命をいただいているのですから、残すなど、失礼だからですっ。そんなの常識でしょうっ?」
少しばかり口を尖らせ、嫌みっぽく言い放つ。どうよ? 偉そうでしょ、私!
……ところが。
「ああ、オリヴィアはそんな風に考えるんだね。素晴らしいよ。やっぱり、その辺の令嬢たちとは違うんだな」
ステファンの心に、響いてしまったようだ。
逆効果……。これではダメだ。なんとかして上から目線の嫌な感じを出したいのに!
……待てよ? プレストが言ってたな。「ステファンの容姿を褒め、地位を誉め、結婚したいと目を輝かせろ」と。そっちを試す……?
「ステファン様は、その麗しいお姿で女性に人気だとお聞きしました。昨日はあのように申しましたが、よく見れば確かにとても素敵な容姿ですわ! しかも公爵家の跡取り息子ですものね! ああ、私ったらなんてラッキーなのかしらぁぁっ!」
若干棒読みになってしまったが、そこはバレませんように。
「……ふぅん、昨日と大分違ったことを口にするんだね?」
疑いの眼差しでそう言われ、内心ドキドキする。
「そ、そりゃ、よくよく考えたら、末は公爵夫人という肩書が待っているわけですもの。お得だと気付いたの、ですわっ」
ああ、言ってて気持ち悪い。ホストに入れ込んだ挙句、ボロボロにされた友達も、最初はそんなこと言ってたんだよねぇ。いい男の隣にいれば、自分も上がるような気がする、って。そんなの愛じゃない、って何度も忠告したんだけど、結局はお金だけ取られて捨てられて。顔が良かろうか、実家が太かろうが、芸能人だろうがなんだろうが、だからどうした、って話なのにさっ。
「……そうか、君も本当は俺の顔目当てってことか」
目を伏せ、シュンとするステファンを見て、少しばかり胸が痛む。この人、きっとこれまでもそういう扱いばかり受けてきたんだろうな。それは気の毒な話よね。
「あ……その、えっと……そ、そうですわっ。私、打算的な女なので!」
なんかよくわかんないけど、ドヤってみる。これでステファンも縁談を諦めるはず!
「……なぁ、オリヴィアには、なにか夢があるか?」
「ふぇっ? ゆ、夢?」
急に別の話題を振られ、頭が追い付かない。なんで急に夢の話? わっかんないな、もう。えっと、えーっと夢……。私の夢? ……そんなこと考えたことあったかなぁ? いつも目の前のことにばかり目がいってるから、遠くを見ることなんてなかったもん。
「そ、そうですわねぇ……心の赴くままに、のんびりと暮らすこと……でしょうか」
ああ、思い出すのは田舎のおばあちゃんち。これは前世の記憶ね。母の実家、広い野原が広がる片田舎。あんな場所で日がな一日、空眺めながら暮らしていけたら最高だろうなぁ、なんて思う。
「のんびりと?」
「そうっ、適度に働き、時々美味しいものを食べ、平和でまったりとした毎日を……ハッ!」
息を飲む。違う、これは私の夢だ! 今聞かれてるのはオリヴィアの夢!
「……なぁんていうのは冗談でぇ、私の夢は、綺麗なドレスや宝石に囲まれて、一生優雅に華々しくきらっきらの毎日を謳歌することですわねっ」
顎を突き出し、ドヤる。
「ふぅん、“好きな人と結ばれること”じゃないんだ」
言われ、気付く。あああ、そっちか! もはやなにがなんだか!
「あああああ、そうでしたわっ、私の夢は愛する彼との結婚! それです!」
混乱してきた。設定を整理しなきゃ。オリヴィアには好きな人がいて、でも顔だけのステファンを狙ってて、お高く留まってる令嬢で……って、なんだか一貫性がないな?
「なぁ……本当は何を望んでるんだ?」
ステファンが、真面目な顔で私を見つめてきた。
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