第31話 ネックレス

「紀子ちゃんは、皆の側にいたいんだろ」

  紀子の気持ちを、ボーズは痛いほどわかっていた。

「皆は加持野から紀子ちゃんを守るし、たとえ加持野に危害を加えられても紀子ちゃんを責めたりなんてしないよ」

 紀子を安心させるように、ボーズは笑顔で言ったのだった。

 しばらく紀子とボーズは、黙ったまま月を見上げていた。

 紀子の横顔を、月明かりが照らしている。

「前から、気になっていたんだけど……」

 不意にボーズが切り出した。

「何?」

「前も聞いたけど、紀子ちゃんってなんで謝ってばかりいるの?」

「ごめんね」

「ほら、また謝った!」

 笑いながら言うボーズに、紀子も少しだけ微笑んだ。

「何か、わけがあるんでしょ」

 紀子は黙ったまま、ボーズをみつめているだけだった。

「俺で良かったら、話してみてよ」

 しばらくの間、黙り込んでいた紀子だったが、ゆっくり話し出した。

「加持野とのことがあって、私は他人と接するのが怖かった。そんな私にも短大二年の時、友達ができたの。地方出身の子で、色の白いとても可愛い子。私は、いつも彼女と一緒にいたわ。彼女には彼氏がいて、ふたりともとても仲が良かった。そんなふたりが、私は好きだった」

「それで、どうしたの?まさか、その友達の彼氏、盗っちゃった……とか?」

「私は、彼女と彼が幸せになれば……いつもそう思っていた。でも、心の中では彼女に嫉妬をしていた。そんな時私は、偶然彼に会ってしまった」

 紀子は、月を見上げた。紀子の横顔が、青白く輝いて見える。

 しかしそれは一瞬の出来事で、紀子はすぐうつむいてしまった。

「本当に、偶然会っただけなの。初めて彼の部屋に行って、いろんな話をして、帰りぎわ彼の携帯のアドレスを聞いたりして。二人きりで過ごせたことが嬉しかった」

 そこまで言った紀子は、大きくため息をついた。

「私を送ってくれた帰り道、彼は不良グループの喧嘩に巻き込まれて、亡くなってしまった」

 ボーズは息を飲んで、紀子をみつめた。

「彼が亡くなったことを知らなかった私は、彼から教えてもらった携帯のアドレスにメールを送った。残された彼の携帯のメールを読んだ彼女は、二人きりで会っていたことを知り、私を責めたわ。当然よね。メールなんて、送らなきゃよかった」

「だから紀子ちゃんは、メールが嫌いだったのか。それで、紀子ちゃんの友達は?」

「学校を辞めて、実家に帰ったわ。私は二人の友人を、一度に失った……」

「でも、友達の彼氏が亡くなったのは、紀子ちゃんのせいじゃないだろ」

 紀子は黙ったまま、首を横にふった。

「ううん。私のせい。あの日彼女がいないのを良いことに、あの人の側にいた私のせい」

「そうやって、目の前からいなくなった二人に、謝っていたんだ」

「私のしたことは、決して許されることではないわ」

 紀子の話を聞いたボーズは、少しだけ後悔をした。

「ごめんな」

「ボーズが、どうして謝るの?」

「俺は、何故紀子ちゃんが心を閉ざしているのか知りたかった。まさか、そんなつらい思いをしているとは思わなかった。ほんと……ごめん」

「ボーズが、謝ることなんてないわ。このことを話したの、ボーズが初めて」

「皆、知らないんだ」

「うん」

「俺、誰にも言わないよ」

 そう言ったボーズは、ズボンのポケットから小さな紙袋を出し、その紙袋を紀子に差し出した。

 紙袋には、赤いリボンが付いていた。

「何、これ?」

「開けてみて」

 照れくさそうに言うボーズの声を聞きながら紀子は受け取り、中身を開けた。

 紙袋の中から、赤いハートのネックレスが出てきた。

「可愛い」

 紀子は、笑顔で言った。

「気に入った?」

「もらっても良いの?」

「二人で、ティーシャツを買いに行った時、こっそり買ったんだよ」

「あの時!」

 紀子はボーズと買い物に行った日のことを思い出しながら、しばらく手の中のネックレスをながめていた。

「ねぇ……」

 ボーズの声に、紀子は顔を上げた。

「まだ、彼女と彼のことを気にしている?」

「二人のことがあって、私は今まで以上に他人と係わりあうことが怖くなった。私、もう誰も傷つけたくない」

「さっきも言ったけど、友達の彼が亡くなったのは、紀子ちゃんのせいじゃないんだよ」

「わかってる!何度も、そう自分に言い聞かせたわ。でも、駄目なの……」

「この先も、ずっと自分を責めて、独りで生きていくつもり?」

 紀子は、黙ったままでいた。

「俺が側にいてやるよ」

 紀子は思わず、ボーズをみつめた。

「いつも、紀子ちゃんが心配だった。いつか、紀子ちゃんの笑顔が見たいと思っていた」

「ボーズ……でも、私」

「つきあおう。俺ら、絶対うまくいく」

「そんなこと言われても」

「もちろん、今すぐ返事をしなくてもいいよ」

 紀子はボーズからプレゼントされたネックレスを手にしたまま、ボーズをみつめていた。

「もし俺とつきあってくれるなら、一緒に歌う時そのネックレスをつけてきてよ」

「あの……ありがとう。こんなことしか言えなくて、ごめんね」

 ボーズは黙ったまま、首を横に振った。黙ったまま立ち尽くす紀子とボーズを、月明かりが照らしていた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る