彼岸に行く方法について
Tamakuro
「なおとくんについて、皆さん見てください」
これは、ある意味、私の自伝のようなものです。
私は千葉で生まれました。都市部に行くのに一時間ほどかかり、決して便利とは言えない場所でしたが、平凡な公務員の父にとって、そこに家を買ったのは人生で最も大きな決断だったのだと思います。
幼少期の私について語るべきことはありません。子育てに無関心な父と、小うるさい母の思い出が全てです。今思うと、その時代の平凡な家族のかたちであったのでしょう。
今回、私が皆さんに伝えたかったのは「なおとくん」についてです。
「なおとくん」は私の友人でした。苗字は覚えていません。短髪で、小太りの、どこか憎めない男の子でした。
「なおとくん」と私が出会ったのは、小学3年生の時です。それまで同じクラスになることは無かったのか、同じクラスだったけど印象がなかったのか。どちらにせよ、彼と話すようになったのは3年生でした。
当時、私はクラスでいじめられていました。原因は覚えていませんが、多分些細なことだったのだと思います。ランドセルを投げられたり、上履きを隠されたり。子どもの些細な意地悪なのかもしれませんが、当時の私にとっては酷くつらいものでした。ただ、家族には言えませんでした。いじめをしていた子らに、口止めをされていたこともありましたが、平凡な家族に、平凡でない話題を持ち込むことに、どこか気後れしてしまったのです。先生はもしかしたら気がついていたかもしれませんが、特に何かをしてくれることはありませんでした。いや、非難するつもりはありません。恐らくは私に非があったのでしょうから。
そんな私の心の支えが「なおとくん」でした。「なおとくん」も、私と同じようにいじめられていました。いや、私よりも酷いいじめであったと思います。彼は母親と二人暮らしでした。詳しくは分かりませんが、父親は離婚した後、別の家庭をつくったと聞いています。彼の家は貧乏で、いつもよれよれのシャツを着ていたことが記憶にあります。どこかくすんだ雰囲気がありました。そんな彼は、その家庭の特異性も相まって、迫害する人間を求めるクラスメイトたちの良い餌でした。時に暴力を伴ういじめもありました。
どちらからということはありません。お互いにクラスから弾きものにされた私たちは、自然とその身を寄せ合うようになりました。
「なおとくん」は、その見た目からは想像できない理知的な子でした。妙に大人びた言動をする彼を、私はある種尊敬をしていたのだと思います。
彼は、いじめはコミニティでは生じうるものだが、標的は移り行くものだ、等のようなことを言っていました。だから、相手の餌になるような行動は控え、過度な反応は止めるべきだとも。
私が3年生を乗り越えられたのは、「なおとくん」のお陰でした。「なおとくん」も恐らくそうだったでしょう。傷の舐め合いでも、しないよりはましです。
ただ、いじめは4年生なっても止まりませんでした。その頃から「なおとくん」とは、ある特定の話題をすることが増えました。
こことは違う、「異世界」に行くための方法です。
普段はそういったオカルトな話をすることはありませんでしたが、ある種の現実逃避であったのでしょう。こっちの世界にいることが間違っている。あっちの世界に行けば、こんな思いをしなくてすむ。だから、「異世界」に行かないといけないのだと彼が熱心に話していたのを覚えています。
図書室で学齢児向けのホラー文庫を借りて、そこに書かれていた「異世界」に行く方法を試そう等と盛り上がりました。ただ、私は実際にやるつもりなどありませんでした。私にとっては、現実を忘れるための、ただの夢想にすぎませんでした。それが「なおとくん」との決定的な隔たりだったのだと、今なら分かります。
彼へのいじめは更にエスカレートしていきました。屈辱的な行為を強要されることもあったと聞きました。
あれは、夏休みの数日前のことです。学校の帰り道、彼は私に目を輝かせて教えてくれました。
「異世界」に行くための本当の方法を知った、と。夏休みに一緒に試してみないか、とも言いました。冗談を言っている様子はありません。彼は本当に「異世界」に行きたいのだと、初めてその時に知りました。正直に言うと、その時の彼は怖かったのです。まともではないと思いました。
でも、私は彼の誘いを受け入れました。彼は私の唯一の友人だったからです。
夏休みに入って一週間が経った頃、私と彼は「異世界」に行く方法を試すことにしました。
ここでは詳しいことを書くことは止めましょう。かいつまんで言うと、特定の手段を用いて、特定の経路で電車に乗車することで「異世界」行きの電車に乗れる、というものでした。
母親にお小遣いをせがみ、交通費とした私は、駅で彼と落ち合うまでの道中、胸の高鳴りを感じていました。夏休み前に彼に感じた恐怖心など吹き飛んでおり、これは一種の冒険のようなものだと感じていました。試してみて、やっぱり駄目だった、と苦笑いをお互い浮かべ、夏休みの思い出の一つになるのだろうと思い込んでいました。
「なおとくん」と「異世界」に行く方法を試す最中、会話はありませんでした。彼が真面目に取り組んでいることを感じたから、茶化すこともできませんでした。彼と落ち合うまでに感じた胸の高鳴りは、すっかりおさまっていました。
「異世界」に行くための方法は、滞りなく進んでいきました。そして、最後の乗り換えとなりました。「なおとくん」の言っていた方法が真実なら、この電車に乗れば「異世界」に行ける。もちろん、そんなものはあるはずもありません。ただ、私はあの時、本当のことだと感じていました。根拠などありません。本当に、感覚として直感していたのです。
「なおとくん」は電車に乗り込みました。私は乗れませんでした。私は、行けない、みたいなことを絞り出すように彼に言いました。彼は、私のことを寂しそうに見つめましたが、わかった、またね、と言いました。そして、彼だけ乗せて電車は出発しました。
その日は逃げるように家に帰り、つとめてなにも考えないようにし、すぐに布団に入りました。
夏休み中は彼に会うことはありませんでした。
夏休みが終わって初日の登校日。「なおとくん」はいませんでした。
先生は家族の都合で引っ越した、みたいなことを言ってた気がします。クラスメイトたちは特段反応はしていませんでした。
先生の言っていることは嘘だと感じました。彼は「異世界」に行ったのです。
その後、私へのいじめは無くなりました。彼の言った通り、標的は移り行きました。
その後の人生は何も語るべきところはありません。ただ、平凡な人生を歩んできただけです。
私は今日で40歳になります。両親とは疎遠です。独身で、仲の良い友人もいません。私のことを思いやってくれる存在など一人もいないのです。
私はずっと思っていました。あの時、本当は電車に乗るべきだったのだと。こっちの世界にいるのは間違いなのだと。
だから「異世界」に行く方法を、もう一度試してみようと思うのです。今度こそ、きちんと電車に乗ろうと思います。
皆さんにお願いがあります。
「なおとくん」のことを皆さんに覚えておいて欲しいのです。私が「異世界」に行けば、こっちの世界で「なおとくん」のことを覚えている人はいなくなります。こっちの世界でも「なおとくん」という人がいたことを、皆さんに覚えておいて欲しいのです。
勝手なお願いですみません。
よろしくお願いいたします。
2022年 某小説投稿サイトに投稿
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