第51話 平民ロゼの竜退治①

「くっ!」


 放たれる炎が大地を焼く、集束された熱線が矮小な人間を焼滅させようと迫る。咄嗟にロゼが身を隠した大岩すらその高熱に耐えられずに熱の光線に曝された側が熔解を始めた。岩がドロドロとした赤の液体へ姿を変え、盾としての役割を為さなくなっていく。


「お嬢様!」


 駆ける、そして飛び掛かるようにしてクラーラは主を助け出す。間一髪、二人がもつれあって転がるその上を、大岩を撃ち貫いた熱線が通過した。


「即席錬金っ。んしょ、えいっ!」


 ドズリと岩に杖を突き刺し、前進する勢いのままにアルシーは杖を振り抜いた。錬金術によって岩は分解され、再構成を経て超強度の硝子の槍へと姿を変える。放たれたそれは一直線に、悠々と空中から彼女たちを見下ろす竜へと飛んでいった。


「こっちも!」


 ギリリと思い切り弓を引き絞り、イーリスは矢を放った。

 エルフが使うは木の矢、というのが広く知られている話であるが彼女はその例から漏れる。鋼鉄で作られた重量のある矢がイーリスの武器だ。魔物の狼だろうが熊だろうが、眉間を一撃すれば仕留められる破壊力を持つ矢なのである。


 槍と矢は竜目掛けて飛んでいく。

 中れば致命傷を負わせるに十分な攻撃だ。


 しかし。


グオォンッ!

「ウッソだろオイ!」


 一鳴きと共に小子竜バンビナドラゴンは火炎を吐き出し、纏う。己を守る焔の繭を作ったのだ。硝子は熔け、鋼鉄の矢すら融解する。熱線ほどではないが焔の繭もまた超高熱なのだ。


「くっそぉ!結構高いんだぞ、鉄の矢ぁ!」

「言ってる場合ですか!」


 攻撃が通じない事よりも矢を失った事を嘆くイーリスにクラーラがツッコんだ。こんな修羅場にあってまだ僅かの余裕はあるようで安心である。


「とっても、イライラしてる」


 竜を見上げてアルシーは言った。感情が薄く見える彼女でも攻撃が通じない事実に苛立っているのか、というとそうではない。


 気を荒ぶらせているのは小子竜だ。


 竜の前へと至るまでの道中で狩人イーリスは予測をロゼたちに話していた。そも竜というのは基本的に人の生活圏の外側に在るものであり、遭遇することは稀事だ。しかし今回は街道と橋、人間が多く行き来する場所を襲撃した。


 それは何故か。

 理由は橋の修繕が必要となった原因と関連する。先の嵐によって、今ロゼたちがいる岩場にあった小子竜の住処が失われたのだ。


 戻る場所を無くした空の王たる竜は惑い、川に沿って大きく下って大工ドニたちが作業する場所へと到達してしまったのである。


 つまり、今の小子竜は通常の状態ではない。放置すれば更なる被害が生じることは明白だ。居場所を掴み、戦える状況を逃すわけにはいかない。


「さっさと頭骨を置いていって欲しいですわ……!」


 ギリッとロゼは歯噛みする。置いていけといって置いていけるものではない、頭骨とはつまり首なのだから。さしもの竜も頭を取られては死んでしまう。


「それにしてもッ!」


 魔力を練り、剣に纏わせる。ロゼは空に在る竜目掛けて刃を振った。水を伴った剣閃が放たれ、飛翔する。その姿はまさに水の燕、羽ばたき飛んだそれは竜が纏った焔の繭と衝突して蒸気の爆発を発生させた。


 が、当然のように竜は無傷だ。


「アレを『小さい子供の竜』と名付けたおバカさんの横っ面を、思いっきり殴り飛ばして差し上げたいですわ!!」

「お嬢様、はしたないですよ。ですが私も同感ですっ」


 小子竜バンビナドラゴン。小さい子供の竜。しかし別に何かの竜の幼体というわけではない。ロゼたちが対峙している、人の背丈の二倍程度の姿で成体だ。巨大にして強大、そんな竜の中においては小さくて子供のよう。だからそれを名とした、そうした経緯なのだ。


グオオオッ!!


 吐き出された火炎弾が降り注ぎ、ドンッ、ドンッ、と大地に当たって爆発を生じさせる。一発一発の威力は岩を砕くほど。人間が当たれば木っ端微塵となるのは明白だ、とにかく躱すしかない。


 ロゼとクラーラは躱し駆けながら竜へと攻撃を仕掛ける。主は魔法を纏わせた剣閃を放ち、メイドは岩を足場として大きく跳んで竜に斬り掛かった。


 だが。


「くッ!」


 二つの攻撃は確かに届いた。

 だが、かの魔物は優れた防具を身に付けているのだ。竜鱗という、最上位の硬度を誇る無敵の鎧を。ロゼの放った一撃は僅かな傷を付けるので精一杯、クラーラの斬撃は通らずに弾き返されてしまう。


ギャオオッ!


 空中で一回転して着地した彼女目掛け、怒り狂った竜が急降下。クラーラを噛み砕かんと大口を開ける。体勢を崩した状態では猛スピードで迫る小子竜を躱せない。


「クラーラ!!!」


 ロゼが叫ぶ、だがどうする事も出来はしない。

 攻撃を仕掛けて気を逸らさせようにも急降下の勢いは止まらない。


 絶体絶命の危機が迫る――

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