第41話 外見と中身

 小麦粉に材料を加えて練って練る。

 発酵熟成、ぷくりと膨らむ。

 切り分け成形、焼き上げて。

 こんがりふっくら出来上がり。


 今日もノーマンのパン屋さんは大繁盛である。


「こっちのパン、品切れですわ」

「こちらも。追加が必要ですね」


 ロゼとクラーラは棚を確認する。まだ午前中、それも昼まで時間があるというのに早くも品切れである。それだけご近所さんが大勢買いに来るという事であり、ノーマンのお店の評判が良い証左であろう。


「あちゃあ、ちょっと読み誤ったか~」


 店主は頭を掻く。材料もただではない、更にパンは翌日まで置いておけるような商品でもない。需要に対して適切な量を作るのが商売として重要だ。しかし今日に関してはいつも以上の売り上げとなってしまい、ノーマンの予想を超えたのである。


「じゃあ追加でパンを作ろう。ロゼちゃん、手伝ってくれ。クラーラさんは店番を頼む」

「かしこまりました」


 指示を受けたクラーラは返事をして頭を下げた。


「……むぅ」


 そんな彼女とは異なり、ロゼは少しばかり不満そうな表情を浮かべている。


「ん?どうしたんだ、ロゼちゃん。店番の方が良かったか?」

「そうではありませんわ」


 彼女はフルフルと首を横に振った。


「なんでわたくしが『ちゃん』付けで、クラーラは『さん』なんですの!?」

「あ、そこ?」


 子供扱いされていると認識してロゼはプンスコ怒る。クラーラとの年齢差はたかだか二歳ほど、十九の自分だけがお子様と思われるなどレディーの矜持が許さないのだ。


「クラーラさんが年上だから、さん付けしてるのもあるんだが……」

「が?」

「なんと言うか、ロゼちゃんは『ちゃん』って感じなんだよ」

「なんですの!?その、なんかこのお店の美味しいパンのようなフワッとした理由は!」


 怒っているが例えが平和過ぎて、ノーマンは思わず笑ってしまう。勿論それに対してもロゼは怒り、彼は笑った事を謝罪した。


「外見はちゃんと大人だから、さ。親しみやすさゆえの『ちゃん』付けなんだよ」

「ふむ、まあそういう事なら…………ん?外見『は』?」

「あ、やべ」


 完全に口を滑らせたノーマンに、外見だけ大人な人が詰め寄る。そうした行いこそが、外見そとみと中身が違うと認識される理由であるのだがロゼはそれに気付かない。まだまだ彼女は青く若いのである。


「あの、早くパン作りに取り掛かって下さいませんか?店の中が空になりますよ」

「っと、さっさと始めよう、ロゼちゃ」

「んん~?」

「……ロゼさん」

「はいですわ」


 意固地になって『ちゃん』付けをしても仕方がない、お店のためにノーマンは折れる事にする。


 ようやく追加のパン作りが始まった。


 種類色々、作り方も様々。特に多く作らなければならないのは丸パンブール長パンバゲットだ。どちらも一般的なパンであり、一般家庭の主食と言える。国土が肥沃で小麦の栽培が盛んなこの国であればこそ、どの町でも普通にパンを作って食べられるのだ。


 捏ねる、切り分ける、形を整える。

 特殊な技術が必要というわけではないが、それゆえに職人の腕が見えるパンだ。それを手伝う事をノーマンから許されているロゼが、どの程度の腕前を持っているかが分かるというものである。


「ほいっ、と」


 彼女は長いヘラを使って窯からパンを取り出した。どれも良い焼き色で、ほぼ完璧なタイミングだと一目で分かる。ほかほか湯気を出すそれらの外見そとみはパリッと、試しに一つを割ってみると中身はフカフカだ。


 ロゼと同じく内と外の印象が大きく違うな、そんな事を店主はふと思う。自身とパンを交互に見る彼の視線に気付いた彼女は不満一杯に、発酵したパン生地のように頬を膨らませたのだった。

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