第35話 遠く飛び行け、紙の鳥よ
「た」
「ししょー、こっちですわよー」
「もー、言わせろよー!」
機先を制されたリューは文句を言う。
呼び掛け、応える、その流れが重要なのだ。
「で、何してるんだ?」
「花壇作りですわ、種を分けてもらいましたの」
家の横のスペースでロゼは鍬を振るう。ざっくざっくと土が解れ、次第に花壇に丁度良い具合に変わっていく。知人から貰った煉瓦で囲いを作り、種を植える。ただ見ているのもつまらない、リューと友人たちも彼女を手伝って花壇を作り上げた。
「出来たな!」
「ししょー達のおかげで早く済みましたわ~」
「ふっふっふ、俺達にかかればこんなもんだ!」
少年たちは満足そうに笑顔を見せる。
「よし、じゃあ帰ろうぜ!」
労働を終えて良い気分、その達成感と共にリューは家路につく。友人たちもそれに続き、ロゼに別れの挨拶を言いつつ、去っていっ
「いやいやいや!違う違う!遊びに来たんだった!」
ハッと本来の目的を思い出し、リューは友人たちを引き連れて戻って来た。
「あら、お帰りなさいまし」
「勝負っ、勝負しに来たんだ!」
ずいっと少年は何かをロゼに見せ付ける。
「紙ですわね」
「そうだ!」
リューが持っていたのは紙、上質な物ではなく少しゴワついた安価なものだ。更にそれには文字が書かれている。どうやら商人組合で雑記用として使われていた物のようだ、使用済みでゴミとなったそれを貰ってきたのである。
「それで何を......?お絵描きするんですの?」
「勝負だって言ってるだろ!」
お絵描きで勝負となると元令嬢のロゼが圧倒的有利だ。観賞はもちろんの事、貴族が娘の教養として描く方も経験がある。そして描かれた作品は一級品、教師であった絵師も脱帽の出来映えだったのだ。
ともあれ、今回のバトルは別のものであるようだ。
「紙鳥飛ばしだ!」
「紙の、鳥?よく分かりませんわね......」
「そーだろー、そーだろー」
にしし、とリューは笑う。この世に体が紙の鳥など居ようはずがない。どれだけロゼが頭を捻ろうとも、少年たちが持ってきた遊びを言い当てる事は不可能だ。
「じゃあ見てろ!」
「はいですわ!」
ビシッと指差されてロゼは頷く。リューが友人たちに紙を一枚ずつ渡すと、全員がその場に座って何かをし始めた。
「紙を折って......?」
ロゼは首を傾げる。リューたちは持ってきた紙をせっせと折り畳み、続いて開く。折る際は、僅かなズレすら許さないといった顔で凝視していた。どうやら非常に細かなミスが勝敗に直結する遊びであるようだ。
丹念に丹念に、ゴワついた紙を可能な限り平らに伸ばして。丁寧に丁寧に、折り目がまっ平らになるように指で強く押さえなぞる。
そうして、紙の鳥は出来上がった。
「出来たぞー!」
「おおー!おー......おぉ?」
リューの勢いに圧されて歓声をあげたロゼだが、彼の手にある物を見て首を傾げる。なぜならば、そこにあったのは鳥とは似ても似つかない、不思議な形状のものだったから。
「それは、鳥、ですの?」
「あー、いや、初めは鳥だったんだけどなー……」
紙で鳥を作る、そして飛ばす。
それが紙鳥飛ばし。
より遠くまで飛ばせた者が勝ちという、非常に分かりやすいルールである。
リュー達は初め、空を飛ぶ鳥を観察した。その姿を覚え、紙でそれを形作ったのだ。しかし、何故か彼らが作った鳥は投げてもポトンとその場に落ちるだけ。見上げる空を自由に飛ぶ鳥のようにはいかなかった。
だが、この程度で新しい遊びを諦めるようならば遊びマスターなどとは名乗れない。リューは考えた、鳥と同じ姿に出来なくとも良いと。より飛ぶ形を、遠くまで行ける姿を。そうして少年たちは辿り着いたのだ、最適解に。
「この三角な感じが一番飛ぶんだよ!」
彼は紙の鳥を掲げる。
上から見たシルエットは二等辺三角形。リューが持つのはその裏側に出ている部分だ。折っていく中で出来上がった持ち手、とでも表現すればいいだろうか。姿はもはや鳥とは似ても似つかない何かである。
「こんなのが飛ぶんですの……?」
常識的に考えて、そんなものが鳥の様に飛ぶなど有りえない。出来るとすれば風の魔法でも使うか、糸で吊って飛んでいる様に見せかけるかくらいだ。しかしリューはそんな事をしない、遊びに対して真剣な彼がそんな事をするわけがない。それをロゼは知っているため、だからこそ首を傾げるのだ。
「あっ、疑ってるな!見てろ~!」
疑われた少年は、言葉で説明するよりも見せた方が早い、とスッと構えて軽い力で紙の鳥を宙へと放った。
「お……ぉっ!」
放られた力でふわりと一瞬浮き上がり、そこから落ちるかと思ったら滑るように前へ進む。鳥の様に羽ばたく事の無い紙の鳥は、その真っすぐな翼で風を捉えて緩やかに、緩やかに下降していった。空を行くそれとはまるで違う。しかし違うなら違うなりの飛び方で、紙の鳥は自身が鳥である事をロゼに見せた。
およそ七歩強、その場所に鳥は降り立った。
「どーだ!」
「凄いですわ!すぅーって、すぅーって行きましたわ!」
「そうだ!すぅーっ、が大切なんだぞ!すぅーっ!」
大盛り上がりしながら二人はフィーリングで会話する。他の少年も興奮した様子で話しに加わり、皆で『すぅーっ』が如何なる感覚であるかを話し合う。それは『すうー』ではなく『すうーっ』でもなく、はたまた『すぅーっ!』でもないのだ。非常に繊細な力加減で飛ばしてやらねば、正しい『すぅーっ』が実現しないのである。
「
「もちろん良いぞ、勝負に来たんだからな!」
身を乗り出すロゼにリューは紙を渡す。
彼女は少年たちから教わりながら、紙を鳥へと変化させていった。
鳥は空を飛ぶ。
遠く遠くまで、風をその翼に受けて。
そして自由な鳥たちの戦いは。
「もーーーーっ、ぜんっぜん勝てませんわ!」
「なんだよその尖がってるヤツ!すぅっ!って飛ぶじゃん!すんごい飛ぶじゃん!」
「矢羽根を手本に作ってみたのですが……」
「作り方教えろよー!」
「そうですわそうですわ!」
鋭い二等辺三角形の姿の、不思議な一羽が勝ちを収めたのだった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます