第32話 真面目?不真面目?智の管理者

 ぱら、ぱら、ぱら。

 ぺら、ぺら、ぺら。


 紙を捲る音だけがその空間に響く。


 ここはリューヌの町唯一の図書館である。

 とは言っても家一つ程度の大きさであり、蔵書数はお世辞にも多いとは言えない。そんな規模であるため町の人々が訪れる事はあまりなく、いつもこの場所は静かなのだ。


「もうちょっと賑わってくれても良いんだけどな」


 そう言うのはこの図書館の管理者、ライブラである。


「そう思うなら、まずは受付カウンターから足を下ろすべきですわ」


 愚痴る彼は実に横着に椅子に掛け、靴を履いたままカウンターに足を載せていた。


「身なりももう少し整えた方がよろしいかと、あとその無精髭と髪も」


 よれよれのシャツにぼさぼさの髪、そして全く手入れのされていない髭。智を司る図書館の管理者としては不適格の極みのような姿である。


「しゃーねぇだろ、人が来ねぇんだから。整えたって意味ねぇよ」

「鶏が先か、卵が先か、ですわねぇ」


 人が来ないからライブラがこうなったのか、それともこの男がこうだから人が寄り付かなくなったのか。その答えは分からない。ただ一つ間違いが無いのは、この図書館は静かである、という事実だけだ。


「で、さっきから何してんだ?そんなクッソつまらねぇ本なんか引っ張り出して」

「ちょっと調べものですわ」


 とある木材の在り処、その性質、そして代用できる可能性のあるもの。バルバラやゴルドンの協力で少しずつ前には進んでいるものの、機織り機修復はまだまだ道半ばだ。最大の困難の壁を突き破る方法が無いか、とロゼたちはここに智を求めてやって来たのである。


「こんなっせぇ図書館で何が調べられるんだか」

「貴方が管理しているのでしょうが。その『小っせぇ』のを」


 他人事の様に言ってやれやれと肩をすくめるライブラにクラーラがツッコむ。蔵書を増やすも減らすも彼の裁量の内、一応こんな職務放棄気味な男でも管理者なのである。


「ま、頑張りな」


 ひらひらと手を振ってライブラは笑う。なんといい加減でサービス精神の無い管理者であろうか。そんな彼には構わず、ロゼたちは可能性のある本を確かめていく。がしかし、そうそう簡単にヒントは得られなかった。


「むむむ~、これで最後、ですわね」

「役に立ちそうな情報は有りませんでしたね」


 パタンと本を閉じる。木材や機織り、それに関連しそうなものを全て確認したが空振りだ。もっと大きな場所、例えば王都図書館などならば有益な情報を入手できるかもしれない。しかし残念ながらロゼたちはそこへ近付けない、既に追われてはいなくとも父が無礼を働いた王の膝元に飛び込んでいくのは気が引けるのだ。


「お、終わったか、ふあぁ~あ」

「来訪者を放っておいて居眠りとは言い御身分ですわねぇ」


 カウンターに足を放り出した状態で椅子をギコギコ動かしつつ器用に居眠りしていたライブラ。もう完全に仕事をする気の無い態度だ、この不真面目男をここに配置したのは何処の誰なのだろうか。


「で、なに調べてたんだ」

「今更ですわね……」


 調べ始めた所で聞くような事を調べ終わったタイミングでライブラは聞く。ロゼたちの求めるものに対する無関心ゆえの順序である。失礼極まりない彼に対して、ロゼたちは事情を話すと共に探す情報を説明する。


「あぁん?なんだ、それなら奥から二番目の棚の下から二番目、右から数えて三つ目の本に直接ではないにしろ載ってるぞ」

「は?」


 妙に具体的な事を言ってきたライブラにクラーラが疑問の声を上げる。取り敢えずはここの管理者の言葉だ、ロゼはそれに従って言われた通りの場所の本を取り出してきた。


「これは、お伽噺ですの?こんなものに載っているとは……」

「その三十八ページ、五行目から十行目」

「え?」


 またもや詳細な指示だ、訝しみつつロゼはその場所に目を通す。

 すると。


「ありましたわ!?」


 二十年前に希少となってしまった木材が使われたものに関する記述、そしてそれが代わりになった物の情報がそこにあった。今ロゼたちがやろうとしている事の正反対、木材を何かで代替するのではなく、何かをその木材で代用したという話だ。


「え、まさかライブラさん、ここにある本の全部を暗記してますの!?」

「当たり前だ、オレはここの管理者だぞ?」

「とてもそうは思えない態度だから驚いているのですが」

「そうですわそうですわ、むしろ何も知らない方がしっくりきますわ!」

「めちゃくちゃ言うな、お前ら……」


 身から出た錆ではあるがあんまりな言われ様だ、しかし自業自得なのだからどうしようもない。だが結果は最良、ライブラは求める情報をバッチリ出してきてくれた優秀な管理者であった。勤務態度さえ変えれば、もっと色々な人から頼られる存在になれるだろう。


「とりあえずお礼は言いますわ、ありがとうございます」

「とりあえず、ってなんだよ」

「仕方ないので、今度なにか礼として差し入れに持ってきしょう」

「仕方ない、で持ってこられるならいらねぇよ」


 恩人ではあるが、自分達が無駄に調べものをするに至った怠け者。

 そんなライブラへの扱いなどこの程度で十分だ。


 ぶつくさと文句を言う彼に別れの挨拶を言って、彼女達は図書館を後にした。

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