第7話 憩いの川で出来る事

 リューヌの西、およそ十数分歩いた所には川がある。流れが穏やかで近くに魔物もいないため、町の人々にとっては憩いの場だ。そんな所にロゼとクラーラは来ていた。


「っん、んーっ、たまには町の外に出るのも良いですわね~」

「そうですね」


 大きく伸びをする元お嬢様にメイドは同意する。別に町の中が窮屈だとか、居心地が悪いとかそういう意味ではない。いつもとは違う、そんな環境に足を踏み入れる事で気分転換になるのである。


「さぁて、何をしようかしら」


 川に沿ってのんびりと歩きながらロゼは物思いにふける。水着の類は持ち合わせていないので水泳は出来ない、釣り竿などないため釣りも無理である。水辺で出来そうな事は軒並み不可能であった。


「何も出来ませんわ!?」

「今更ですね、お嬢様」


 家を出る時点で持ち物無し、既に答えは出ていたのだ。


「では蟹か海老でも捕まえましょう」

「釣り竿も網もありませんわよ!?」


 クラーラからの提案にロゼは驚く。しかしメイドは余裕の表情である。


「これを使います」

「糸……ですわよね、裁縫道具の」


 メイドゆえに常に携帯している裁縫道具から取り出したのは一本の白糸だ。何の変哲もない、ただの糸である。ロゼがジッと見つめても何の仕掛けも看破できない。


「ただの糸です、そんなに見ても何もありませんよ」

「ふーむ?その糸でどうすれば蟹や海老が捕まえられるんですの?」


 そこまで言った所で彼女はハッと何かを閃いた。


「刺すんですのね!?こう、ビシュッと!」

「そんなわけ無いじゃないですか」

「くっ、外しましたわ……」


 謎の力で糸を硬化させ、それを使って獲物を刺し貫く。我ながら良い閃きだ、と思っていたロゼは残念そうに悔しがった。そういった魔法を使う者もいるにはいる、がクラーラはそんな珍しい技術は持ち合わせていない。


「こうするのですよ」


 そう言って彼女は足元の大きな石を両手で持ってひっくり返す。


「おお、虫が沢山ですわ」


 うぞうぞと、そこには虫が集まっていた。足が沢山ある奴やら、突くと丸まる奴やら、異常に素早く動く黒光りする奴やら、個性タップリなメンバー勢ぞろいである。


「これが良いでしょうか」


 その中からクラーラは脚一杯の虫を摘まみ取り、手早く胴体の中心に糸を括りつけた。糸の端を持つともう片方の虫がプランと宙ぶらりんになる。逃れようとする動きで勝手に糸が右に左に揺れている。


 一般的な令嬢ならば悲鳴を上げるような気持ち悪い生物であるが、ロゼは平気な様子。子供の頃、屋敷の庭を整えていた庭師に遊んでもらっていたが故に耐性があるのだ。逃亡生活の中でも親しむ機会集られた事は多かった、今更怖がる理由は無いのである。


「で、それをどうするんですの?」

「こうします」


 そう言ってクラーラは虫を川の水にドボンと浸けた。入れたポイントは川辺の草が影を作っている場所だ。指で摘まんでいる糸が川の流れと水中の虫の動きによってゆらりユラリと揺れ動く。


 と、その動きが一瞬変化する。


「ここですっ」


 クイッと糸を引き上げる、すると。


「おおお!蟹さんですわ!」


 掌より一回り小さい、淡水で生きる蟹が釣れた。それは宙づりになりながらも放してなるものかと虫の胴をしっかりと鋏で掴み続けている。


「こんな所ですね」

「凄いですわ、クラーラ!」


 真正面からの賛辞を受けてメイドは少し照れた。


「さ、お嬢様も」

「よし、わたくしはこれで勝負ですわ!」


 新たな糸を受け取ったロゼがむんずと掴み取ったのは猛烈なスピードで大地を駆け回り、黒光りする身体を持つ昆虫であった。それを糸で雁字搦めにして、彼女は水の中へと放り込んだ。


「何が釣れるかな~、ですわ~」


 うきうきと彼女は垂らした糸を眺める。しばらく待っているとツンツンと何かがちょっかいを出している動きが指に伝わり、続いてガクンと強い引きを感じた。


「今ですわっ!って重っ!」


 片手では持ち上がらず、ロゼは両手で獲物を引き上げる。

 彼女が釣り上げたのは。


「亀ですわ!亀!」


 立派な体躯の亀であった。


「おおお……流石はお嬢様」

「言ってないで手伝ってくださいまし。重い!」


 亀と繋がっているのはたった一本の糸だ。重さに耐えきれずにブチンと千切れてしまっては釣果も台無しである。しかし右手で糸を摘まみ、左手でその右手を支えているために亀をどうこう出来ない。そんなロゼに助けを求められてクラーラは救援に駆け付ける。


「おおー、デッカイですわ~」


 甲羅の両側面を両手で持ち、船の舵輪をそうするように右に左に回転させて彼女は釣り上げた物を確認する。糸一本で引き上げたとは思えない、ロゼの顔よりも大きな亀である。


「お嬢様、どうしますか?捌いて夕食に?」


 クラーラは懐からスッとナイフを取り出す。使用人兼護衛としては当然の武装であり、時には獲物を捌くためのツールでもある。意思の確認をする彼女にロゼは静かに首を横に振った。


「今日は漁をしに来たのではありませんわ。なのでこの亀さんは逃がして差し上げましょう」

「良いのですか?亀の肉は美味しいのですが」

「うぐ……だ、大丈夫ですわ。残念なんて思ってませんわ!」


 まさかの情報に逡巡するも初志貫徹とばかりにロゼは亀を水の中へと返す。慈悲深く食欲に負けなかった彼女によって命拾いした亀は、そそくさと川の深みへと消えていった。


 気分転換は出来た。

 が、ちょっぴり後悔を心に宿してロゼは町へと帰るのだった。

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