元令嬢さんの平民なる日常
和扇
第1話 平民生活のお嬢様
「ロゼねーちゃん、ばいばーい」
「ええ、ばいばいですわ。気を付けて帰って下さいまし~」
ブンブン手を振る十歳くらいの元気な子供に、ロゼと呼ばれた齢十九の女性は優しく笑って手を振り返す。彼女は百八十センチメートル近い女性としてはかなりの長身であり、金の短髪にスラリとした体形はまるで劇場でライトを浴びる男装の麗人が如くである。
しかし彼女は細身ズボンに白のブラウス、茶色の革靴と非常に簡素な服装だ。
口調がお嬢様でありながらロゼは平民なのである。
「お嬢様」
「あら、クラーラ」
いつの間にか背後に黒髪の女性が立っていた、歳の頃はロゼよりも二つ程度上だろうか。薄い水色フリルブラウスに茶色の長いトレンチスカートを着た彼女はクラーラ。ロゼと共に生活している、彼女をお嬢様と呼ぶ人物である。
「そろそろお嬢様と呼ぶのは止めませんこと?
「いえ、お嬢様はお嬢様です。それは今までもこれからも変わりません。勿論、私が貴女のメイドである事も」
「はぁ……相変わらず頑固ですわねぇ」
呆れながらも変わらないクラーラを好ましく思いつつ、ロゼは肩をすくめる。
王国の西の端、平和な町リューヌ。
高貴さを隠せない彼女達は、この町で平民として生活していた。
没落。
栄えていたものが衰えること、盛者必衰は世の常である。
ロゼの一族、ソレイユ伯爵家もまたその常に倣う事となった。
しかし、その原因は何とも不名誉極まりない事である。
「お嬢様、本当にお家再興は考えておられないのですか?」
「しつこいですわね……父上があんな事をしておいて復権など出来るわけがないでしょうに」
はぁ、とロゼは溜め息を吐く。
「王家の祝いの席で泥酔して素っ裸になり、陛下のハゲ……少々お寂しい頭頂部を軽快なリズムでペチンペチンした、なんて」
飲みの席での無礼講、などと言う話ではない。ある程度フォーマルな場での奇行である。元々ロゼの父親は
当然ながら国王は激怒した。
当たり前に彼女の父は逃げ出した。
ソレイユ家の者達はこの一件を知るとまさに夜逃げ同然、蜘蛛の子を散らすが如く一瞬の内に行方をくらましたのだ。ロゼもまた家から離れ、身分を隠して国内を移動し、このリューヌへと流れついたのである。
「父上はともかく、母上や兄様たちは元気でやっているでしょうか」
「大丈夫だと思います。ええ、確実に」
「そうですわね。逞しさとしぶとさなら負けないのがソレイユ家ですものね」
放漫経営によって財政難となった際には方々手を打ち、平民である商人に土下座し、他の貴族に縋りついてまで領地維持をした。名誉よりも生存を優先する。他の貴族から意地汚いドブネズミと揶揄されていたのが彼女の生家だ。
「さて、帰りましょうか。そろそろ日が暮れますわ」
「はい、お嬢様」
落日の貴族、しかしロゼには悲嘆は無い。
彼女にもまたソレイユの血が、高貴なるドブネズミの血が流れているのだ。
今、ロゼとクラーラは平民として楽しく生きているのである。
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