第三章 魔王暗殺編【前編】

輪廻1・1日目

第一話 始まり、デート?

***


カノンがパーティーに加入して、一週間が経った。ゲーム内の時間に換算すると三日をループしていることになるのだが。カノンをパーティーに加えたい旨を校長に伝えると思いの外簡単に了承してくれた。校長によると、勇者様と旅に出てくれるなんで光栄だ、とのことらしい。


ループ、『輪廻』にもカノンはすぐに慣れたようで、2回の輪廻で大体のルールは理解できたようだ。

あれから俺達は特に攻略を進めたわけでもなく、始まりの街、プリム城下町にいた。たまには落ち着いてゆっくりしたいという友奈の意見によるものだ。始めに来たときは街の様子がなんだか慌ただしく、気になっていたけど、それも2回の輪廻で慣れ始めていた、そんな時――。俺の人生の、大きな岐路が現れた。


「秋、今日暇?」


俺が宿屋のベッドで寝眼のままでいると、突然友奈がそう聞いてきた。その言葉に俺の脳が覚醒する。


「ゆ、友奈さん。それってまさか、デー……」


「ちょっと出かけない?」


デートじゃないですか。


「も、も、もちろんです!!ちょっと待ってて下さい、今すぐ準備しますんで!!」


俺が思わず敬語になって答える。その返事に、友奈はホッと安心したような顔になって、


「分かった、ありがとう。じゃあ私も準備してくるわね」


くるっと回って友奈が部屋の扉を開ける。開いた扉の奥から、カノンの姿が見えた。その手は小さく勝利のグーが握られていた気がした。


***


「お待たせ、秋」


俺が宿屋の玄関でそわそわと待っていたそのとき――。俺の背後から柔らかく、優しい声が聞こえた。振り返ると、そこには普段と違って、後ろで束ねていた髪をほどいた、黒色の長髪の女神がいた。その御神体のまぶしさに思わず目を抑える。


「目がッ!目がッ!」


「何をバカなことを言ってんの。さあ、行きましょ」


これはまさか本当に、デート、なのではないだろうか。いや、まだ油断はできない。なにかの罠の可能性だってある。いや、でも友奈がなんで?そんなことを考えていると、友奈が街の大通りに向かって歩き出していた。その姿を急いで追いかける。


「友奈さん、今日は急にどうして?」


俺のその言葉に、友奈がどこか疑問の顔を浮かべ、そのすぐあと、


「たまにはこういうのもいいでしょ」


と先程よりも嬉しそうに言った。


うん、いい。すごくいい。


もうバカなことを考えるのはよそう。たとえ罠でも、俺は今この瞬間の感情を、絶対に後悔とは呼ばないだろう――。


街の路地から大通りに出て、王国の茶髪の若い兵士とすれ違う。すると、俺の姿を見たその兵士が俺を呼び止める。


「勇者様、王様がお呼びでしたよ。是非王城まで」


なんてタイミングの悪さ。でも残念だったな。こんなことであきらめる俺ではない。

俺は友奈の手を握り猛ダッシュで兵士から逃げる。そして、振り向きざまに口パクで「今日はかまってあげられない」、と言う。


それを見た兵士が、


「いや今日はかまってあげられない、じゃないですよ!!早く来てください!!」


「すぐ行くから待ってて〜!!」


そのまま俺は振り向くことなく駆け出した。


***


「ハァ、ハァ」


兵士から逃げ切った時には、もう俺達の体力はなくなっていた。ゲーム的なものではなく、疲労的な意味で。


「ねぇ、ホントに逃げてきて大丈夫だったの?」


友奈が息を切らしながら心配そうな顔で聞いてくる。


「大丈夫、大丈夫。こんなことでフラグをへし折ったら勇者じゃないから」


友奈がどういう意味?という顔をしたが、これ以上話しても兵士のところまで戻される未来しか見えないので仕方なく話を変える。


「今日はどこかに行ったりするの?」


「う〜ん、そうね。この街には定期的に市場が開かれているらしいの。そこに行ってみたいかな」


ふと気付けば、通りには香ばしいパンの匂いが広がっていた。


「よっしゃ。そうと決まれば早く行こう。善は急げってやつだ」


その後、俺達は二人でデートを満喫した。

具体的には市場で色んな物を見て回ったり、喫茶店に入ったり、夕焼けの景色を見に行ったりとそりゃあもう。


気付けば、あたり一面がもう真っ暗になっていた。


「秋、そろそろ帰ろっか。今日は付き合ってくれてありがとう」


「うん、こちらこそ」


名残惜しい気がするが、今日は全力で友奈との時間を満喫できた。なんだか、今日一日で人生の幸福を全て使い切ったみたいだ。


そんなとき、ふいにある思いが頭に浮かんでくる。


――昔から俺は、友奈に何度も何度も好意を伝えて来た。冗談や軽口とかの、振られてもできるだけショックを受けない、そんな言葉で。そう、俺はまだ、友奈に堂々と、そして心を込めて「好きだ」と伝えていない。


怖いんだ、振られるのが。怖いんだ、友奈との今の関係が壊れてしまうのが。そんな自分の臆病な気持ちに気付くたびに、心の底が黒くモヤっと染まる。それは、この街の、どこか濁った闇のような。そんなことを考えてしまっていた。


***


宿に帰り、自分の部屋の扉を開けると――


「秋、誕生日おめでとう!!」


俺より一足早く帰っていた友奈が、クラッカーをパンっと鳴らす。その横には満面の笑みのカノンもいた。


「え……?誕生日……って?」


思わず驚きで間抜けなことを口走る。


「秋は覚えてないかもしれないけど、今日はこっちの世界に転移してから大体2ヶ月。秋の誕生日なのよ?」


友奈が困ったような顔で言う。そしてカノンが満面の笑みのまま、


「まあでも、この世界に来てからどこか時間がぐちゃぐちゃですからね。忘れてしまうのも無理はないかと――」


なるほど、完全に理解した。今日の友奈とのデート……いや、デートと思っていたのは、カノンがこの準備をするためのものだったのか。くっそ……騙された……。そんなちょっとした落胆の気持ちとは裏腹に、俺の心は喜びで埋め尽くされていた。


「ありがとう、二人とも」


俺も二人にならって満面の笑みで言う。友奈が照れくさそうに笑いながら言う。


「さあ座って座って。今日はごちそうよ!」


「友奈、料理もできるんですか?」


「ああ、友奈の料理は絶品なんだよカノン」


俺が自分のことのようにドヤ顔で言う。


「今日は激辛祭りよ!」


友奈がキッチンから嬉しそうに言う。


窓の外では、月が穏やかに輝いていた。

こんな時間がずっと続けばいいのに――。


でも、そのときの俺は、まだ知らなかった。

これから、今までにない、『災厄』が訪れることを。


残り時間:52:21:31

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