第4話:プールと喧嘩

 8月になった。

 課題は終わったけど、変わらずたくみの家に入り浸っている。心配は杞憂だった。

 匠とゲームをし、セックスをし、たまには勉強もしている。一緒に出かけることもある。特別な所には行かなかいが、満足している。


 そんなある日、スマホを見ていた匠が話しかけてきた。

「クラスのヤツからメッセージがきた。何人かでプール行かないかって。つむぎ、どうする?」

「いいね。暑いし」

 私は深く考えずに答える。

 匠がスマホを見せてくる。

「今のところ、参加メンバーはこれだけ。もう少し増えるかも」

 画面を見て固まる。参加メンバーに美月みづきがいる。

 学校で見た美月の水着姿を思い出す。よく知る私の貧相な身体も。この両者を匠の前に並べる。それは、公開処刑ではないだろうか?

「オレと紬も参加するって送ったから」

 私が固まっている間に、匠はメッセージを送り終えていた。泣きたい。




 プールの日が来た。私の願いもむなしく、絶好のプール日和だ。

 ここは近隣では大きなレジャープール。参加者は10名で男女半々だ。

 私は身体のラインを隠せる水着を念入りに選んできた。美月はビキニの上にラッシュガードを着ているが、破壊力のある身体は全然隠せてない。隠す気もないように見える。やっぱり、「グラビアアイドルがいる」と思う。


「美月、あんたちょっと水着派手じゃない? 変な男が寄ってくるよ」

 友達が美月を心配して声をかけている。同感だ。

「ん? どんなの着てても同じだよ。だったら、自分の好きなの着たいじゃん」

 美月はさらりと言ってのける。私には絶対言えない台詞だ。


 美月は男性の視線を集めまくっている。同性の私でも目が行くのだから仕方ない。

 匠はどう思っているのだろうか? 匠の表情はいつもと同じで、内心を読ませてはくれない。


「紬」

 いつの間にか近くに来ていた美月に声をかけられた。内心で身構える。

「日焼け止め塗るの手伝ってよ。私も手伝うから」

 美月に笑顔で頼まれる。断る理由はない。私も塗って欲しいし。

 先に私が美月の背中に日焼け止めを塗る。近くで見る美月の身体のラインに見惚れてしまう。何で同い年でこんなに違うのだろう? 何度も考えた疑問を繰り返す。


 次に美月が私の背中に日焼け止めを塗る。美月には私はどう見えているのだろうか? 自分が卑屈になっているのを自覚する。

「ね、匠くんさ」

 美月に声をかけられた。自分の考えに没入してたから、ひどく驚く。

「部活入ってないのに、結構筋肉あるね」

「ああ、家で筋トレしてるから」

「ふーん」

 美月は感心したような声を出す。美月が匠の身体を見ているのが嫌だ。

「あの身体でいつも可愛がってもらってるんだ、紬」

 恥ずかしさと怒りで、顔が赤くなるのを感じる。

「やめてよ! こんなところでそんな話」

 軽く美月をにらむ。

 美月はそんな私を楽しそうに見ている。

 余裕たっぷりの美月が憎くて、そして羨ましい。


 日焼け止めを塗り終わると、心のこもらないお礼を言って、美月から離れる。

 滑り止めの効いたプールの地面の感触を足裏に感じながら匠のところに行くと、匠はクラスの何人かとおしゃべりしている。匠の手首をつかむ。

「匠、行こ。泳ごうよ」

 匠とおしゃべりしていたクラスメートには申し訳ないけど、すぐに美月から離れて、匠と二人きりになりたい。




「どうした、紬?」

 黙って私に着いてきてくれた匠が、二人きりになったところで声をかけてきた。

「皆スタイル良いから、一緒にいるのが恥ずかしくて」

 半笑いでそんなことを言ってしまう。

 匠は釈然としない顔と声で言う。

「そうか? 紬も十分可愛いぞ」

 顔が赤くなるのを感じ、うつむく。すごく嬉しい。匠に可愛いと言われただけなのに、美月のことがどうでもよくなってしまう。

 匠に笑顔を向ける。

「匠、ここ色々あるし、いっぱい遊ぼうよ!」

 その後は、ウォータースライダーで遊んだり、流れるプールで遊んだりした。夏の日差しはきつかったけど、美月も絡んでこなかったし、夏の良い思い出ができたと思った。




 帰る時間になった。始めは気が重かったけど、終わってみたらもっと遊びたいと思っている。来て良かった。


 髪を乾かすのに手間取ったのと、トイレに行ったのとで、皆と合流するのが遅れた。

 待ち合わせの場所に行くと、匠と美月が話しているのが見えた。お互いのスマホを出して何かしている。たぶん、連絡先を交換したのだろう。

 さっきまでの楽しい気分が消えていく。




 匠が私に気づいて近づいてくる。美月は他の子と話している。

「紬、帰ろうぜ」

 匠は何事もなかったように言う。たぶん、匠にとっては何もなかったのだ。

「そう……だね」

 匠と並んで歩きだす。匠はクラスメートに挨拶している。私にはその余裕がない。


 皆が見えなくなると、耐えられなくなり匠に尋ねる。

「美月と連絡先交換したの? 何で?」

「ん? 夏休みの課題で聞きたいところがあるんだってさ」

 嘘だ。美月は成績が良い。匠に聞く必要なんてない。

「匠が教えなくたって、美月ならできるよ」

「そうなのか? でも、わからない問題だってあるだろ?」

 いつもと全然変わらない匠にイライラする。匠は悪くないのに。


 匠のほうに身体を向ける。

「何で、美月と連絡先なんて交換するの? 私の気持ちとか……」

 そこまで言うのが精いっぱいだ。泣きそうなのをなんとか耐えて、匠を残して走り出す。

 支離滅裂だ。私は匠の彼女じゃない。なのに、こんな束縛するようなことを言って……。きっと匠に幻滅された。

 色々な感情がひっからまって、涙が出てくる。我慢できない。早く自分の部屋に帰りたい。




 それから一週間、匠からは連絡が来なかった。私もしていない。

 自分が勝手に匠に感情をぶつけたのに、匠から連絡が無いことが悲しくてしかたない。

 匠と美月は会ったのだろうか? 美月の顔と身体を思い出す。匠と美月がセックスしているシーンを妄想して苦しくなる。勝てるわけない。美月がいれば、私なんて要らないよね……。


 10日目。匠から電話が来た。

 怖かったけど、嬉しさが勝って電話に出る。

「紬……久しぶり」

 そんな感じにお互いポツポツと話す。その距離感が悲しい。


 逃げてばかりではいられない。美月とどうなっているか聞こう。

「紬、オレに隠してることない?」

 先に匠に質問された。何となく……匠は質問しづらいことを、ようやく口にしたように感じる。匠が私に聞きづらいことなんてあるのだろうか?


「隠していることって?」

 本当にわからないから、質問を返すことしかできない。

「オレのこと、彼氏じゃないって言ってるって聞いた」

「!?」

 匠が何を言っているのかわからない。


「え?……だって……私、匠の彼女じゃないでしょ?」

 思ったままを口にする。

 匠が息を飲む音が聞こえてくる。

「は? じゃあ、紬とオレってどんな関係だよ?」

 匠の口調は、いつもと違って感情的だ。こんな声、初めて聞いた。

「だって……私……匠に好きとか言ってもらったことない!」

 釣られて私も感情的になる。

「そんなこと、言わなくたってわかるだろ?」

 匠の言葉で、頭に血が上る。

「わかんないよ!」

 私は叫ぶ。感情が昂ぶって、涙が出てきた。

「じゃあ、何でお前、オレに抱かれてたんだよ?」

「何でって……匠は、手近に私がいたからセックスしてたんじゃないの?」

 電話の向こうで、匠がショックを受けているのを感じる。でも、理由がわからない。

「……好きでもない女、抱くわけないだろ?」

 初めて聞く、匠の悲しそうな声。

 電話は切れた。


 呼吸が荒くなっていることに気づく。

 何でだろう? 私が匠を傷つけてしまった。

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