第21話「宗介の原点、南米ジャングル行軍」
南米の鬱蒼としたジャングルは、生きた迷宮だった。熱帯の湿気が、宗介の肌にまとわりつき、呼吸を重くする。宗介は、まだ年若い兵士として、この地で、過酷な訓練に参加していた。彼の心に、違和感が生まれていた。
(なぜ、こんなことをする…?)
彼の周囲には、次々と脱落していく訓練兵たちの姿があった。肌に吸い付くヒルに気づかず、彼らは疲労と絶望で、泥にまみれて地面に倒れ伏していく。
「母さん…!」
「…み、水…」
「ハハ…もう、無理だ…」
彼らの断末魔は、ジャングルの闇に吸い込まれていった。血に群がる無数の虫。耳の奥に入り込む虫が、不快な音を立てる。湿気で銃が錆びつく音が、軋むように響く。教官たちは、彼らに、一切の助けを差し伸べない。倒れた兵士の体を、無言で踏み越えていく。
「助ける者は弱者を増やす。兵士に慈悲は不要だ」
教官の声が、冷酷に響く。宗介の思考は、思考の暴走を始めた。
『このジャングルは、まるで俺たちの魂を試す、巨大な試練の場だ。教官たちは、俺たちを、極限まで追い込み、俺たちが、兵士として、生き残る必然性があるかを試している。しかし、これは、本当に正しいことなのか…?』
彼の心に、葛藤が生まれた。彼の論理は、この訓練が、彼らを、完璧な兵士にするための、最適解であることを示していた。しかし、彼の心は、倒れていく訓練兵たちの姿を見て、深く苦悩していた。
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訓練の途中、宗介は、一人の訓練兵が、喉の渇きで倒れそうになっているのを見つけた。宗介は、自分の水筒を彼に差し出した。
「飲め。少しでもいい」
訓練兵は、宗介の差し出した水筒を、震える手で受け取った。
「…ありがとう…」
彼は、そう言って、わずかに微笑んだ。その日、もう一人の訓練兵の靴紐が解け、転倒した。宗介は、迷わず立ち止まり、彼の靴紐を結んでやった。
しかし、その夜、水を分け与えた訓練兵は、静かに息を引き取っていた。靴紐を結んでやった兵士も、翌日には脱落した。彼らの死は、宗介の胸に、重く残った。
その夜、宗介は、仲間たちが眠る中、一人、静かに、ジャングルを見つめていた。火も焚けず、湿った葉の匂いが、闇の音と混じり合う。遠くで動物の唸り声が聞こえ、仲間たちが小刻みに震えながら眠っている。夜明けに一斉に鳴きだす鳥や猿の声が、宗介の耳を劈く。
宗介は、その場で、眠りについた。彼の脳裏に、夢の断片が映し出される。瓦礫の下で、聞いた「母さんの声」。
「宗介…大丈夫よ…生きるのよ…」
そして、彼を救ってくれた、一人の兵士の姿。
彼の温かい手が、宗介の肩を掴んだ、あの時の感触。
「君は、生き残った。君には、生きる意味がある。その意味を、見つけなさい…」
宗介は、その言葉の意味を、この時初めて理解した気がした。彼は、生き残った。だからこそ、彼は、生きる意味を見つけなければならない。そして、その生きる意味は、「誰かを守る」ことだと、彼は直感的に理解した。
宗介は、その日から、彼の価値観を、「誰かを守る」というベクトルに再構築した。彼の心に、使命感という名の感情の助走が始まる。それは、彼の人生を、根底から変える、強烈な温度だった。
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訓練は、さらに過酷さを増していった。筋肉は痙攣し、関節は激しく痛む。体温の上昇で幻覚を見始め、銃が肉体より軽く思えるほど疲弊した。しかし、宗介は、もう脱落する仲間たちを見て、苦悩することはなかった。彼は、彼らを見捨てるのではなく、彼らを守るために、戦うことを決意していた。
最終行軍のゴール直前、宗介の目に、一人の訓練兵の姿が映った。彼は、疲労で倒れ、もう動くことができなかった。教官は、彼を無言で踏み越えようとする。
「助けたら失格だ」
教官の声が、冷酷に響く。
しかし、宗介は、教官の言葉を無視し、その訓練兵を担ぎ上げた。
「…もう、置いていけ…」
背負った兵士が、弱々しく囁いた。
「いや、お前は生きる…!」
宗介は、自分の体よりも重い訓練兵を背負い、一歩、また一歩と、ゴールへと向かった。足裏の皮が剥け、痛みで頭が真っ白になる。しかし、彼は、自分の背中に、仲間の命が乗っていることを感じていた。彼の汗が、兵士の頬に、滴り落ちていく。教官の冷酷な視線と、他の仲間が見守る沈黙の中、宗介は、ただ前だけを見て歩き続けた。それは、宗介が、兵士としての自我を確立する、重要な感情の助走だった。
宗介がゴールに着いた瞬間、教官は無表情だった。しかし、宗介に担がれた兵士は、かすかに笑っていた。
この訓練は、宗介の「使命感」と「自己犠牲」の精神が、形成された場所だった。そしてそれは、彼が、「なぜ戦うのか」という自問自答を繰り返す、彼の原点となった。宗介は、このジャングルで、彼の人生のベクトルを、永遠に変える必然性を見出したのだった。
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