第22話 勇者の真意と内部の和解 -2

 新たな勇者が魔王軍に加わった直後、世界はさらなる混沌の淵へと突き落とされた。


 軍事国家の崩壊と、神聖帝国の自壊を目の当たりにした残る二つの支配層――情報を独占するメディア・ネットワーク国家と、技術と科学を独占するテクノクラート国家は、魔王軍を共通の脅威と認識し、一時的に連携を強めていた。


 しかし、その連携は、互いの利害と本質的な思想の違いから、すぐに内部の亀裂へと発展していく。


 魔王城の水晶盤には、両国の代表が激しく罵り合う様子が映し出されていた。


「エウレカ!貴様、何を考えている!?

 軍事国家が崩壊したぞ!

 この期に及んで、まだ我々の情報操作を批判する気か!」


 メディア・ネットワーク国家の代表ミネルヴァが、冷静沈着な仮面をかなぐり捨て、焦りによって顔を歪ませた。


 鋭い知性を感じさせる顔立ちだが、常に黒のスーツをまとい表情を崩さなかった彼女の声には、これまでの支配者としての余裕は微塵もなく、ただ恐怖と苛立ちが滲んでいた。


 テクノクラート国家の代表エウレカは、ミネルヴァの罵倒にも動じず、冷淡に言い放った。白衣を着た細身の男性である彼は、常に無表情で感情を見せない。


「ミネルヴァ殿、貴殿の情報操作は、もはや通用しない。

 人々の不信感は極限に達している。

 我々の科学技術をもってしても、この混乱を収めることは不可能だ。

 むしろ、魔王軍のチート能力を解析し、それを人類の発展に利用する方が賢明ではないか?

 貴殿の愚かなプロパガンダが、この状況を招いたのだ!」


 ミネルヴァは、エウレカの言葉に激しく言い放った。


「何だと!?

 この状況は貴様らの科学至上主義が招いた結果だろうが!

 人類の感情を軽視し、全てを数値で測ろうとした結果、人々の心は荒廃したのだ!

 貴様らの監視システムが、人々の自由を奪ったからだ!」


 エウレカは、冷淡に反論する。彼の目は、ミネルヴァの感情的な反応を、ただのデータとして分析しているかのようだった。


「感情など、非合理的なものに過ぎない。

 貴殿の感情的な扇動こそが、世界を混乱に陥れたのだ!

 事実を歪め、大衆を愚弄した貴殿の罪は、万死に値する!」


 両者の間に亀裂は日に日に育っていった。

 外からの栄養などまったく必要とせず、まさに内部に十分すぎるほどのエネルギーがため込まれていたのだ。


 彼らは互いの責任をなすりつけ合い、連携は完全に崩壊した。


 魔王軍が直接手を下すことなく、人類国家同士で潰し合いが始まり、社会が内部から崩壊していく。それは、過去に陰謀を試みたアウグストゥスの知恵が、遠隔で影響を与えているかのようだった。



 メディア・ネットワーク国家は、ミネルヴァの指示によって、テクノクラート国家への誹謗中傷キャンペーンを開始した。

 エウレカの過去の失敗や、彼の研究の危険性を誇張して報道し、世論を操作しようと試みる。


 しかし、人々のメディアへの不信感はすでに根深く、そのプロパガンダはかえって逆効果となった。真実を知り始めた人々は、ミネルヴァの言葉を疑い、メディアそのものから離れていった。


 一方、テクノクラート国家は、ミネルヴァのメディアをハッキングし、彼女が隠蔽してきた情報操作の証拠を暴露しようとした。


 しかし、その過程で、彼らが人々の行動や思考をマイクロチップで監視していた事実が明るみに出てしまう。

 人々は、自分たちの自由が科学によって奪われていたことに激怒し、テクノクラート国家への反発が爆発した。



 この自滅の連鎖を、各国の次世代の若者たちは目の当たりにしていた。



 メディア・ネットワーク国家の若き映像クリエイター レオンは、ミネルヴァの醜態と、メディアの崩壊を報道する中で、深い絶望と同時に、真実を伝えることの重要性を再認識していた。

 小柄で明るい茶髪の彼は、活発そうな印象とは裏腹に、疲弊した顔で水晶盤を見つめていた。


「本当に、彼らはただの悪なのだろうか……?

 僕が伝えてきた情報も、結局は、誰かの都合の良いように歪められていた……。

 こんな世界で、真実を伝える意味があるのか……?」


 レオンは、自らが伝える情報が、どこか歪められているのではないかと感じ始めていた。彼の心には、ミネルヴァのやり方への疑問と、真実への渇望が渦巻いていた。


 テクノクラート国家の若き科学者であるアテナは、エウレカの科学至上主義の限界を知り、人間性や感情の重要性に気づき始めていた。


 長い黒髪をポニーテールにまとめている彼女は、エウレカに救われた過去を持つが、その信仰は揺らぎ始めていた。


「エウレカ様……」


 アテナは、崩れゆく都市の映像を見つめ、静かに呟いた。


「あなた様の目指した理想は、本当に人々の幸福のためだったのでしょうか?

 科学だけでは、心は満たされない。

 大切なのは、人の心だったのですね……」


 彼女は、エウレカが感情を排除し、全てを数値で測ろうとした結果、人々が苦しむ姿を見てきた。その光景が、彼女の心を深く揺さぶっていた。


「私たちは、何のために、この技術を開発してきたのでしょう?

 人々の自由を奪い、心を荒廃させるために……?

 いいえ、科学は、人々の幸福のためにあるべきだわ」


 アテナは、エウレカの思想に疑問を抱き、勇者たちの能力が、科学では説明できない「人間性」に根差していることを感じ取っていた。彼女の瞳には、新たな決意の光が宿る。



 こうして、人類の全ての支配層は、魔王軍が直接手を下すことなく、自らの愚かさと矛盾によって完全に崩壊していったのだ。


 世界は一時的な無秩序状態に陥り、人々は混乱し、これからどうすればいいのか、誰が自分たちを導いてくれるのか、途方に暮れていた。


 しかし、この混沌は同時に、新しい時代の始まりの可能性も秘めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る