第15話 神聖帝国への反撃と内部のギクシャク -3

 こうして、勇者アレス、魔王イリス、吟遊詩人エーファ、そして魔王アウグストゥス、吟遊詩人ミューズは、神聖帝国の帝都へと向かうことになった。

 彼らは、直接行動を担う部隊だ。


 一方、賢者セレナ、戦士ガイウス、外交官リーナ、そしてイリスの四天王ヴァルター、ユーリ、リリア、シモン、アウグストゥスの四天王ソクラテス、ゼファー、クレオパトラは、後方で情報支援と、万が一の事態に備えての待機、そして内部からの攪乱に備えることになった。


 一行は人里離れた辺境の森を抜け、神聖帝国の帝都へと近づいていった。


 帝都の広場では、エーファがリュートと共に歌い始めた。

 彼女の歌は、神聖帝国が隠してきた歴史の真実、歪められた教義、そして支配層の腐敗を、具体的な物語として紡いでいった。


 アレスがアウグストゥスの能力をコピーし、その歌が人々の意識に直接働きかける。

 人々の頭の中で、エーファの歌声が、まるで神の啓示のように響き渡るのだ。


「この歌が、あなたたちの目を覚ます光となるでしょう!」


 と、エーファは祈るように歌った。彼女の歌声は、澄んでいながらも、どこか悲痛な響きを帯びていた。真実を伝えることの喜びと、それがもたらすであろう人々の苦痛を同時に感じているかのようだった。


 神聖帝国の帝都では、この異変にアウレリウス皇帝が激怒した。彼の顔は、怒りで紅潮し、豪華なローブが微かに震えている。


「馬鹿な!

 このような流言飛語が、なぜ民衆に広まるのだ!

 すぐに鎮圧しろ! 異端者を処罰するのだ!」


 皇帝は、神聖騎士団に鎮圧を命じたが、すでに情報は瞬く間に広がり、時すでに遅しだった。エーファの歌とアウグストゥスの精神干渉は、人々の心に深く刻み込まれ、神聖帝国の権威は根底から揺らぎ始める。神聖騎士団が民衆を弾圧しようと剣を抜けば抜くほど、人々の不信感は募り、混乱は加速していく。




 その頃、神聖帝国のアリア・セイントは、深い苦悩の中にいた。


 彼女は白い修道服をまとい、教会の聖壇の前で祈りを捧げていたが、その祈りの言葉は、もはや心には響かなかった。


 アリアは、幼い頃に孤児として教会に引き取られ、その天才的な才能を見出されて若くして高位聖職者の地位に上り詰めた。


 彼女にとって、神聖帝国の教義こそが世界の真理であり、心の全てだった。

 その揺るぎない信仰が、今、アレスたちが語る真実と、彼女自身が目撃している帝都の混乱によって、激しく揺さぶられていたのだ。


 彼女の耳には、遠くから響くエーファの歌声が、まるで彼女自身の内なる疑問を代弁するかのように聞こえていた。


 アレスの精神干渉を受けたその歌は、彼女の心の奥底に直接語りかけてくる。


 それは、教会が長年隠蔽してきた、聖典の矛盾点、初代皇帝が神託を偽造した歴史、そして数々の異端弾圧の真実だった。


 彼女が必死に目を背けてきた、教義の小さな綻びが、歌によって大きく引き裂かれていく。


「神の御心……これが、本当に神の御心だというのか……?」


 アリアは、震える声で呟いた。彼女の脳裏には、教会の歴史書に書かれた「神の摂理」と、エーファの歌が暴き出した「人間の都合による改竄」が交互に再生される。頭の中が、矛盾する情報で渦を巻く。


「そんな……まさか……。

 私が、私が信じてきた神は、この世界の真理は、偽りだったというのか……?」


 彼女の信仰は、まるで脆いガラス細工のように、粉々に砕け散ろうとしていた。


「私の人生の全て……幼い頃から、この教会のために、神のために生きてきた。

 天才と称えられ、聖職者として人々の模範となるべく研鑽を積んできた。

 その全てが、ただの……ただの、欺瞞の上に築かれていたというの……?」


 アリアは、自らが信じてきたものが偽りであったことに絶望する。

 彼女の心の拠り所が、音を立てて崩れていくのを感じていた。


 その衝撃は、物理的な痛みよりもはるかに大きかった。体の力が抜け、彼女は膝から崩れ落ち、ただ涙を流すことしかできなかった。


 白い修道服が、彼女の絶望を吸い取るかのように、静かに濡れていく。


 神聖帝国の象徴である大聖堂のステンドグラスから差し込む光が、彼女の涙で濡れた顔を容赦なく照らし出した。


 その光は、もはや彼女にとっての希望ではなく、偽りの信仰を暴き出す残酷な真実の光だった。



 神聖帝国の権威は根底から崩壊し、人々は自分たちが信じてきた「正義」が偽りであったことに気づき、混乱に陥った。


 帝都では、これまで神の代理人と信じられていたアウレリウス皇帝に対し、民衆の怒りが爆発する。民衆は武器こそ持たないものの、その声は巨大な嵐のようだった。


「偽りの神よ! 我々を欺いた罪を償え!」


 皇帝は権威を失墜し、民衆の反乱によって追放された。

 物理的な戦闘はほとんど起こらず、神聖帝国は内部から自壊していった。


 しかし、そこに歓喜の声はなかった。真実を知り、信仰を失った人々の顔には、深い虚無感が広がり、その目は絶望に沈んでいた。


 この勝利は、勇者たちに、武力ではなく真実の力で世界を変えることの可能性を示し、物語のテーマをさらに深めた。


「知恵と真実こそが、最も強力な武器です」


 と、セレナが静かに言った。彼女の表情にも、勝利の達成感と同時に、人々の苦悩への複雑な感情が入り混じっていた。


 しかし、この勝利は同時に、新たな課題を突きつけた。


 神聖帝国の崩壊を見て、残る「武力と軍事を支配する軍事国家」と「情報を独占するメディア・ネットワーク国家」は、魔王軍を最大の脅威と認識し、一時的に連携を始めたのだ。


 軍事国家のゼノン将軍は、鬼のような形相で拳を振り上げ、咆哮した。彼の周りには、屈強な兵士たちが整列している。


「もはや、彼らは看過できない存在となった!

 商業国家と神聖帝国が、彼らの策略によって崩壊した今、奴らを放置すれば、我々も同じ末路を辿る!

 全軍を動員し、奴らを叩き潰す!」


 メディア・ネットワーク国家のミネルヴァは、冷静沈着な表情で、世界中のメディアを通じてプロパガンダを激化させた。彼女の背後には、アレスやイリスの顔写真に大きく「世界の敵」という烙印が押された大見出しが映し出されている。


「世界に告ぐ。

 魔王とその狂える勇者たちは、全人類の敵である。

 彼らの存在は、世界の秩序を脅かす。

 我々は、この脅威から世界を守る!」


 彼らは、魔王軍を「世界の秩序を乱す悪」として徹底的に報道し、大衆を扇動する。戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。


 次の相手は、武力と情報という、これまでで最も直接的な支配力を持つ強敵だ。


 勇者たちの「新しい賢さ」は、試練の時を迎える。


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