影を連れて歩く子どもたち

第21話 影ペットが流行中

「せ〜なか〜に、み〜みをピッとつけて〜♪」


 団地の空気がいちばんのんびりする時間帯。

 さつきはエステ帰りの足取りで、通路をるんるん歩いていた。

 頬がすべすべしているのを指先で確認しては、にやり。


「唇と唇〜めっとめと手と手〜♪ かみさ〜ま〜は何も禁止なんかしてない〜♪」


 鼻歌に合わせて、バッグのキーホルダーが、ぴょんぴょこ揺れる。

 団地の通路は相変わらずの迷宮。鉄骨が増築で重なり合い、頭上のベランダからは洗濯物とケーブルと配管と、得体の知れないツル草が垂れ下がっている。陽の光が布越しに斑模様で差し込んで、廊下の一角ごとに色が違う。


 そんな中――。


「ほら、おすわり!」

「よし、ジャンプ!」


 子どもの声がひびいた。

 目を向けると、通路の先で五、六人の子どもたちが遊んでいる。羽根を背中に持つ子、角の生えた子、毛玉みたいな獣人の子。いろんな面々だった。


 彼らの足元には、黒い影。

 それぞれの子どもにぴったり寄り添い、犬や猫のように従っている。


「あら、かわいっ」


 さつきの歩みがゆるむ。

 影は、子どもたちの命令をきいている。犬みたいに伏せをし、猫みたいに跳ねる。中には、二足歩行っぽく立ち上がる影も。


「うちの影犬がいちばんだぞ!」

「いや、影猫だ! しっぽあるもん!」

「バカだな、これはドラゴンの影だよ!」


 子どもたちの無邪気な声が通路に響く。

 さつきは少し笑って、「たまごっちみたい」とつぶやいた。


 最近、団地の子どもたちの間では「影をペットにする」のがブームらしい。

 どこから拾ってくるのかは知らない。でも通路を歩けば、たいてい誰かが影を連れている。

 リード代わりに紐でつないでいる子もいるし、肩に乗せて「影鳥だ」と誇る子もいる。


「お世話はちゃんとするんだよー!」


 思わず声をかける。


「だいじょうぶー!」と角の子が笑顔で返す。「影さん、言うこときくから!」

「ほらね!」と羽根の子が影に合図。影はするすると床を滑り、芸をするように宙でくるりと回った。


「うわあ、器用ー!」


 さつきは拍手する。


 昼の団地。笑い声と影が交差する通路は、どこかほんのり温かい。

 けれど、陽光の切れ目でできる影の帯は――普通の影よりも濃く、深く、どこか湿った匂いがした。


「よーし、次は影芸大会ね!」

「やったー!」


 子どもたちが歓声をあげ、影たちはすいすいと通路を泳ぐ。

 笑い声がこだまするその光景は、どこまでも楽しげだった。


 通路の壁に伸びた影のひとつが、一瞬だけ知らない大人の顔を形づくって笑った。

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