第12話 冷凍庫スースー、旦那はグーグー
朝の風はやわらかい。
団地の中央広場。通風塔の羽根がゆっくり回り、屋台の鉄板が遠くで小さく聞こえる。干された布が優雅に舞って、子どもの声が遊具を鳴らす。
「さつきさーん、こっちこっち」
リエコが手を振る。マリナ、獣人族のマサエ、ドワーフの老夫婦も、いつものベンチに集まっていた。
掲示板には紙が一枚、増えている。
「昨夜の臨時給餌/安全確認済」――朱印。
甘露注意の紙には「現在は弱め」と小さく追記。
見上げると、空のはるか上空で竜が輪を描いていた。旋回は軽やかだ。
「聞いてくださいよ〜」と、リエコが声をひそめるふりで、全員に届く音量で言う。「うちの冷凍庫、今朝スースー寝息を立ててたの。空気が入る余裕があるって、大事なのね」
「尊い……」マリナが神妙にうなずく。「うちはね、霜が角を生やす前に消えちゃって。せっかく冒険に出る準備してたのに」
「うちは立てて入れる方式に変えたら、古い子から『お先に』って挨拶してくるの」マサエが胸を張る。
「うちのは『ダンジョンの入口じゃ』」とドワーフのおじいちゃん。「入ったら出られん」
「出してくださいよ」と、みんなで笑う。
さつきは笑いながら、自分のエコバックを見下ろす。メモには――味噌・にんじん・豆腐。ペンの先で、そっともう一行を足す。冷凍庫:空き 三マス。
風がひと筋。空の竜が、こちらを見下ろすように輪を緩めて、尾をちいさく振る。
――挨拶かな、と誰かが言う。
「さつきさん、今日の献立は?」とマリナ。
「お味噌汁と、あと卵焼きにチャレンジ」さつきは笑って答える。「昨日の学びを活かして、ちょうどで焼きます」
「いいわねえ。ちょうどが、いちばん」
笑い声が広場でやわらかく跳ねる。
さつきは袋を握り、頭の中で段取りを並べた。味噌を買って、卵はあの位置に置いて、炊飯器の時間を見て――。
回覧板と献立表。
それだけで、生き方を迷わない。
<飛竜は屋上で『いただきます』 完>
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