第2話 残り物選手権/魔力風の日
肉じゃがは、結局、判定負けだった。
さつきは正直に白状し、旦那は笑って「じゃあ今日は残り物選手権だね」と言う。二人で冷蔵庫を発掘し、ちょっとしょっぱいきんぴらと、薄めのスープで晩ごはんにした。
「さつきの料理なら、なんだって美味しいよ」
その一言が、いちばんの出汁になる。胸の真ん中が、ほかほか。
こういう夜が好きだ、とさつきは思う。味はときどき迷子になるけれど、笑い声はちゃんと帰ってくる。二人の食卓は、それだけで十分にお腹が満ちる。
――この家の“美味しい”は、『一緒に食べた』に丸がつくこと。なのだ。
***
翌日、昼下がり。
ベランダには魔力風が泳いでいて、洗濯物が空の魚に負けず劣らずバタついている。シャツ、ズボン、タオル。――それから、うっかり混ざった赤いレースのショーツが、ひらっ。
「さつきさーんっ! 飛びそうよー!」
向かいの棟から、マリナの声が飛んでくる。白髪まじりの髪は今日もいい感じにボサボサで、声だけ艶がある。
「うわっー!」
さつきは慌てて洗濯ばさみを増員する。
魔力風がひゅうと頬を撫で、ショーツがもう一度、逃亡を試みた。
「よっ、セクシーダイナマイト! こっちに飛んできたら逮捕しちゃおうかしら」
「やめてくださいよう……」
「ふふ、冗談よ。似合うのは知ってるけど、見せる相手がいないもの」
耳まで熱い。
でも、嫌じゃない。この人の冗談は、生活の温度でできている。
「それより、お茶しない?」とマリナ。「新しいお茶請けがあるの。ゴブリンの燻製、薄切りで」
「薄切り……」
「安心しなさい、上等よ。レモンをぎゅっとね」
「行きます!」
さつきは洗濯物をカゴに押し込み、物干し竿をぱたんと畳んだ。こういうときの手際はいい。
賑やかな日常は、いつだって心を跳ねさせる。
***
通路へ出る。
頭上には別の家の洗濯物が並木のようにに連なり、陽は布越しにやわらかい。どこかの屋台が香辛料強めに肉を焼いていて、鼻の奥がくすぐった。
壁の配管は苔をまとい、ときどき、得体のしれない滴がぽつ、ぽつ。足音に合わせて魔力ランタンが小さく揺れる。
曲がり角を抜けると、マリナの部屋の扉。
重ね貼りのお札と、魔除けの紋様のプレート。
ほんの少し開いた隙間から、甘い香りがもれている。砂糖というより、花に近い。胸の奥がゆるんだ。
「さ、どうぞ」
ノブに手をかける。
香りが一段濃くなる。舌でそっと唇を撫でる。
――いい午後になる。そんな予感が、はっきりしていた。
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