第7話 お弁当作戦は突然に

 真神リラは悪の秘密結社「黒牙」の女幹部・冷酷元帥ラーリである。

 彼女の朝は遅い。夜遅くまで任務遂行をしているのである。

 単に朝寝坊なのではない。断じて違う、違うったら違うのである。


 その日の朝、リラは珍しく早く早起きであった。いつものようにミナの胸に顔を埋めて寝ていたのだが、ぱっと目を覚ましたのだ。

 日暮ミナはまだ夢の中だ。その穏やかな寝顔を見て、リラは小さな決意を固めた。


「よし……今日こそは、成功させてみせるわ!」


 リラはそう呟くと、静かにベッドを抜け出した。向かった先は、キッチンだ。


 リラの特技は戦術立案、暗号解読、経理・財務管理。

 そして…………苦手なことは家事全般、特に料理。これまでにも何度か料理に挑戦しては、ミナを驚愕させるような物体を生み出してきた。しかし、今日は違う。ミナがいつも自分にしてくれるように、朝から温かいお弁当を作ってあげたかったのだ。


 冷蔵庫を開け、食材を物色する。


「よし、卵に、ウィンナー、それに……」


 リラは真剣な表情で、作戦を練り始めた。


 まずは卵焼きだ。ミナが作ってくれた、ほんのり甘い卵焼きを思い出しながら、卵をかき混ぜる。しかし、フライパンに流し込むと、卵はすぐに焦げ付いてしまった。


「な、なんてこと……! 卵焼きの焼成作戦、失敗……!」


 リラは焦げ付いた卵を前に、肩を落とした。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。リラはもう一度、卵をかき混ぜ、フライパンに油をひいて、再び挑戦した。


 今度は少しだけマシになった。形はいびつだが、なんとか卵焼きらしいものが完成した。


 次はウィンナーだ。タコさんウィンナーに挑戦しようと、包丁を手に取るが、リラの不器用な手つきでは、タコさんどころか、ただの切れ込みが入っただけのウィンナーになってしまった。


「くっ……! 敵は、手ごわいわ……!」


 リラはウィンナーを前に、悔しそうに歯ぎしりをする。


 そんなリラの奮闘を、ミナはまだ知らない。


 なんとか、いびつな卵焼きと、切れ込みだけのウィンナー、そして冷凍食品のミートボールを詰め込んだお弁当が完成した。しかし、これだけでは何か物足りない。リラはふと、冷蔵庫の隅にあった海苔に目をつけた。


「……これだわ!」


 リラは、ピンセットと爪楊枝を使い、海苔を細かく切っていった。その手つきは、まるで精密な暗号を解読するかのようだった。


 そして、お弁当の完成だ。


 リラは出来上がったお弁当を、ミナの枕元にそっと置いた。


 それから数時間後、ミナはリラの作ったお弁当に気づいた。


「え……これ、リラちゃんが作ってくれたの?」


 ミナはそう言って、お弁当の蓋を開けた。中には、いびつな卵焼きと、切れ込みだけのウィンナー、そして冷凍食品のミートボール。だが、ご飯の上には、海苔で作られた小さなメッセージが添えられていた。


『いつもありがとう』


 そのメッセージを見て、ミナの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。


「もう……! リラちゃんのばか……!」


 ミナはそう言って、いびつな卵焼きを一口食べた。少ししょっぱい味がしたが、それ以上に、リラの愛情が詰まっているのを感じた。


 その日の昼休み、ミナは食堂に行かず、一人、屋上でリラの作ってくれたお弁当を食べていた。そして、昼休みが終わる直前、ミナのスマホにリラからメールが届いた。


『お弁当、ちゃんと食べてる? 感想、聞かせてね』


 そのメールに、ミナは『すごく美味しかったよ。ありがとう』とだけ返信した。


 そして、仕事が終わって帰宅したミナは、リビングでリラを優しく抱きしめた。


「リラちゃん……! ありがとう……! すごく嬉しかった……!」


「う、うるさいわね! たまたま作ってあげただけなんだから!」


 リラは照れたように、そう言った。しかし、その顔は、とても嬉しそうだった。


 不器用ながらも、ミナへの愛情を精一杯表現するリラと、そんなリラの気持ちを素直に受け止めるミナ。二人の関係は、今日もラブラブなのであった。

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