#31「異世界清掃員、託された運命を聞かされる」

夜の帳が落ち、路地裏を吹き抜ける風が刺すように冷たくなった。

息が白く揺れ、足先からじんわりと感覚が失われていく。


「……冷えて来たわね」


チャピがそう言って俺の腕を引いた。


「私が取ってる宿があるの。そこで話しましょう」


チャピに案内されて辿り着いたのは、冒険者ギルドの近くに建つ宿だった。

石造りの外壁に大きな看板が掲げられ、扉の隙間からは酒と暖炉の匂いが漏れている。


宿屋に入ると、広いロビーには大きな暖炉が据えられ、冒険者たちが肉を頬張りながら笑い声を上げていた。

武具の金属音や酒の匂いが混じり合い、いかにも「ギルドの近くにある宿」という空気だ。


チャピは受付に一声かけると、迷いなく二階へと俺を連れていく。


開いた扉の向こうは、小さな部屋ながらも寝台が二つと簡易の暖炉が備え付けられていた。

余計な装飾はないが、清潔に整えられており、旅の疲れを癒やすには十分だ。

チャピが壁のランプに火をともすと、淡い明かりが部屋を満たした。


厚い扉が音を遮り、階下の喧騒も薄れ、急に二人きりの静けさが降りた。


チャピはベッドに腰を下ろすと、ランプの炎をじっと見つめ、やがて口を開いた。


「……キョーくん。伝えなきゃいけないことがあるの」


その声音はもう泣き声ではなく、静かで決意に満ちていた。

俺はごくりと唾を飲み込み、椅子に腰を下ろす。


「……その前に」


自分でも驚くほど低い声が出ていた。

胸の奥に引っかかっていたものを吐き出すように、俺は言った。


「俺は……この世界の人間じゃない。元の世界じゃ、ただの清掃員だったんだ」


背中のルミナスを軽く叩く。


「勇者でも剣士でもない。ただのビルメンだよ。

勇者召喚とかいうやつに巻き込まれて……気づけば、ここにいた、

だから何とかの使途とか、よく分からない存在じゃない」


言葉が途切れると、部屋の中にランプの小さな炎の音だけが残った。


俺の言葉に、チャピはわずかに目を見開いた。

ランプの炎がその瞳に映り込み、静かな沈黙が部屋に落ちる。


「……そう」


短く呟き、彼女は伏し目がちに息を吐いた。

その横顔には驚きよりも――やっぱり、という確信が浮かんでいるように見えた。


「……だからこそ、話さなきゃいけないの。この世界の成り立ちを。

キョーくんが背負わされている“運命”を」


チャピは小さく息を吸い込み、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

まるで子どもの頃に聞かされた昔話を語り継ぐように――。


「はじめに虚無があった。

その暗き深淵から、五柱の神々が生まれたと伝えられているわ。


光の女神 、ルミナリエル

炎の神 、イグナリオス

風の女神 、シルフィナ

大地の神 、グランディオス

海の女神 、ネレイシア


五柱は力を合わせ、五つの大陸を作り上げた。


やがて神々はその力の大きさゆえ、誓いを立てた。


それは――五柱の誓約。


一つ、均衡を保つこと。

一つ、魂を巡らせること。

一つ、大地を護ること。

一つ、言葉を真実とすること。


……そして最後に――柱は直に大陸へ干渉せぬこと。


そうして五柱の誓約は結ばれたの」


チャピの声が途切れ、炎の音だけが残った。

けれど彼女は小さく首を振り、俺を見据える。


「でもね、これはただの昔話じゃない。

五柱が干渉できないからこそ――この世界は隙を抱えているの」


言葉を切り、唇を結ぶ。

その瞳は揺らぎなく、炎よりも鋭く俺を射抜いてきた。


「いま、その隙を突いて闇の眷属が動き出している。……この世界を呑み込むために」


背中を氷柱でなぞられたみたいに体が強張った。


「柱は誓いに縛られ、この世界に降臨出来ない――だから、代わりに選ばれし者が現れる。それが使徒」


チャピは炎を見つめながら、そっと言葉を継いだ。


「そしてその使徒を導き、世界を護ってきた存在がいるの。……それが精霊王様」


視線が俺に戻る。


「……その方に会ってほしい」


チャピの声は炎に溶けるように静かだった。


「……あなた自身が、何を託されているのかを知るために」

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