異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭

序章 清掃員、異世界に召喚される

#1「漆黒の社畜、モップ片手に召喚される」

白石恭真 しらいしきょうま、三十三歳。

職業・清掃員。年間休日はカレンダーの半分以下、残業代はモップの柄ほど細い。


都心の清掃会社に勤めて十五年。

上司の口癖は「人手不足は気合で補え」。

そんな環境でも――汚れや埃が消えて、誰かが喜んでくれる。そんな瞬間が俺の唯一の楽しみだった。


この日も朝五時半出勤。今日も過酷な長時間労働が始まる。


夜勤明けの同僚が交代前に言った。


「悪い、三階のトイレ詰まってるから頼むわ」

「またかよ……」


それでもモップを握れば自然と段取りが頭に浮かぶ。

キレイになったトイレを想像しながら、モチベーションを取り直す。


「よし……ここは俺の出番だな」


そう呟いた瞬間だった。

足元の床がじわじわと光りだす。


「……ん?」


反射かと思ったが、光は強くなり、視界を真っ白に染める。

思わずモップを握りしめた。


『来たれ、異界よりの勇者よ──』


耳元で低く響く声。


「勇者? 俺はただの清掃員だぞ!」


眩しさが消えた時、そこは石造りの大広間だった。

床には複雑な魔法陣。周囲にはローブ姿の老人たちと、そして俺より若そうな少年少女が四人。


「召喚成功です!」

「これで魔王討伐も──」


ざわめきの中、年配の魔法使いが杖を突き立て、俺に向ける。


「スキル鑑定!」


視界の端に文字が浮かんだ。


――【スキル:清掃】


「……清掃……だと?」

「なんだそれは、聞いたこともない!」

「五柱の使徒ではないのか!?」


ローブの老人たちがざわつく。

一方、たぶん勇者と呼ばれているであろう少年が話かけてきた。


「あなたも一緒に、戦ってくれるんですよね?」

「いや無理だな。俺は清掃員だから」


空気が凍った。


冷ややかな視線が俺に集まる。

だが無理ものは無理だ。

痛いのも、怖いのも絶対に嫌だ。


その時、魔法陣の端に黒い影が目に入る。


「……汚れてる!」


気づけば体が動いていた。

一瞬で獲物汚れに近づき、モップを滑らせると、あっさり落ちる。


──同時に、魔法陣の光が霧散する。


「な、何をしておる!」

「魔力が……消えていく!?」


老人たちが絶叫する。


「召喚のため数年かけて蓄えた魔力が!」

「すべて拭き取られてしまった!」


俺を睨みつけてくるが、俺に言えることは一つしかない。


「だって汚れてたんだよ」


悪気なんてなかった。

ただ汚れを無視できなかっただけだ。


「この役立たずが!」

「牢に放り込め!」


怒号とともに、なだれ込んできた兵士に取り押さえられた。

モップを奪われ、怒号の渦にまみれながらズルズルと引きずられていく。


こうして俺は――勇者どころか、役立たずとして牢屋に放り込まれた。

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