第十八話:きみのしるし、ぼくのしるし

夜が明けた。障子窓の隙間から差し込む柔らかな朝の光が、僕の瞼を優しく撫でる。ちゅん、ちゅん、と鳥のさえずりがどこか遠くで聞こえた。

僕はゆっくりと目を開けた。最初に視界に飛び込んできたのは見慣れた自室の天井。そして、隣には愛しい彼女の体温だけが残っていた。


「……穂花」


夢じゃなかったんだ。昨日の夜、この腕の中で起こった全ての出来事が。

彼女のあの桜色の唇。昨夜僕が何度も貪るように味わったその唇。僕がその涙を指で拭った頬。華奢な肩。その肩を僕は力いっぱい抱きしめた。そして、布団の上からでもわかる彼女の豊かな胸の柔らかな膨らみ。その奇跡のような胸を僕は揉みしだき、むしゃぶりついた。シルクのような足を撫で、彼女の隠されたオマン、柔肉に…僕は……何度も……。


「~~~~~~っ!!」


思い出しただけで顔から火が出そうになる。僕たちの全てが混じり合ったあの熱い夜。高嶺への嫉妬と、僕を失うことへの恐怖に突き動かされた、彼女の魂からの叫び。


『私を、雫ちゃんだけの、ものにして』


その切実な願いに僕は応えた。いや、応えた、なんておこがましい。僕もまた彼女の全てを欲しくてたまらなかったのだ。

僕は彼女の全てをこの身に刻み込んだ。もう後戻りはできない。僕たちは昨日の夜、ただの恋人からもっと深く、そして決して離れることのできない唯一無二の存在になったのだ。


湿ったシーツにはまだ、彼女の甘い香りが残っている。その香りを胸いっぱいに吸い込むとそれだけで、また体の奥が疼き出すような気がした。

落ち着け、僕。昨日散々出しただろう。

僕は自分にそう言い聞かせると、勃起を隠すように着替えを済ませ、居間へと向かった。


とん、とん、とん、と。キッチンの方から包丁がまな板を叩く軽やかな音が聞こえてくる。そして、ふわり、と漂ってくるお味噌汁の優しい匂い。

そのあまりにも幸福な日常の風景に、僕の胸は、きゅん、と甘く締め付けられた。

居間の襖をそっと開ける。キッチンの方を見れば、そこにいたのは朝食の準備をする穂花の後ろ姿がある。


彼女が着ていたのは、僕の理性を木っ端微塵に粉砕したあの薄いピンク色のキャミソールワンピース。その愛らしい後ろ姿は、昨日まで見ていたものよりもずっと、ずっと大人びて、そしてどうしようもなく愛しく見えた。

もう彼女はただのか弱い少女じゃない。僕の全てを知って、そして受け入れてくれた、一人の『女』なのだ。

僕はその小さな背中に吸い寄せられるように近づいた。そして、背後からその華奢な体をそっと抱きしめた。


「おはよう、穂花」


自分でも驚くほど声が、少し上擦ってしまった。僕の腕が彼女の細い腰に回される。そのまま僕は、その手を彼女の平らで柔らかいお腹の上で、そっと重ね合わせた。キャミワンピの薄い生地越しに、彼女の温かい肌の感触が伝わってくる。


「……っ!? し、雫ちゃん……!?」


僕の腕の中で穂花の体が、びくっと大きく震えた。そして顔を首筋まで真っ赤に染め上げる穂花。そのあまりにも初々しい反応に、僕の心は言いようのない、どうしようもないほどの幸福感で満たされていった。



食卓に二人並んで座る。いつものちゃぶ台。いつもの朝食。なのに、今日は何もかもが昨日までとは違って見えた。じー、じー、と窓の外で鳴り響く蝉の声が、やけに大きく聞こえる。

お互いなかなか目を合わせることができない。昨日の夜の出来事、ついさっきの出来事が頭の中にこびりついていて、何を話せばいいのかわからないのだ。

目があって、互いの情欲を感じ取ってしまえば、すぐさま事が始まってしまう。そんな予感がするのだ。この少しだけ気まずくて、でもどこまでも甘い空気がたまらなく心地よかった。


僕はお味噌汁を一口すする。うん、今日もうまい。世界で一番うまいお味噌汁だ。ふと、穂花の横顔に視線を移したその時だった。

僕の心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。彼女の透けるように白いうなじ。その綺麗な肌の上に、ぽつり、と赤い痕が残っているのが目に入ってしまったのだ。

間違いない。昨日の夜、僕が夢中になって彼女を貪った時につけてしまったであろう、僕の『しるし』。

それを見た瞬間、僕の胸の奥から強烈な独占欲が湧き上がってきた。

この子は僕のものだ。誰にも渡さない。そんな荒々しい感情と同時に、彼女のこんなにも綺麗な肌を『汚してしまった』という、甘くて背徳的な罪悪感が、僕を苛んだ。


「あ……」


僕の視線に気づいたのか、穂花ははっとしたようにその痕を慌てて長い髪で隠そうとする。その健気な仕草がまたたまらなく愛おしくて。僕は思わず呟いていた。


「……そのままでいい」

「え……?」

「そのままでいいんだよ。……穂花は僕のなんだから」


僕はそう言うと、ちゃぶ台の下で彼女の小さな手をそっと握った。穂花は驚いて僕の顔を見たが、やがてその意味を理解したのか、顔を真っ赤にしながら、でも嬉しそうに、こくり、と小さく頷いた。

繋いだ手から、お互いのドキドキが伝わってくる。これから始まる僕たちの新しい日常は、きっとこんな風に、少しの気まずさと、そしてとてつもない幸福感に満ちているのだろう。

僕はそんな予感を感じていた。



昼下がり。二人で庭の洗濯物を取り込んでいた。夏の強い日差しが、干されたシーツを目に痛いほど白く輝かせている。

物干し竿には僕のくたびれたTシャツと、穂花の可愛らしいワンピースやキャミソールが仲良く隣り合って風に揺れていた。

その光景がなんだか、今の僕たちのようで少し照れくさかった。


ふと見ると、穂花は僕のぶかぶかのTシャツを部屋着として着ていた。

いわゆる、『彼シャツ』というやつだ。僕にとってはただのTシャツが、彼女が着るとまるでミニワンピースのようになる。

白い柔らかな太ももが、その裾から惜しげもなく晒されていて、大きなTシャツの中で、彼女の華奢な体がまるで泳いでいるように見える。しかし胸の部分だけがきつそうに引き伸ばされている。そのアンバランスな光景が、僕の庇護欲を強く、強く、刺激した。


穂花が、物干し竿の一番高いところに干してあるタオルを取ろうと、つま先立ちでぐっと背伸びをした、その瞬間だった。

彼女が着ていたTシャツの、大きな襟元が、ずりっ、と滑り落ちた。そしてその華奢な白い肩と、そこに残る昨日の夜のもう一つの赤い痕が、ちらり、と僕の目に飛び込んできた。そのあまりにも無防備な色香に、僕は、ごくり、と大きく喉を鳴らした。

この体を。この幸せな風景を。僕が一生守り抜かなければいけない。

そう改めて強く思った。


僕の熱い視線に気づいた穂花は、はっと我に返ると、慌てて襟元を押さえた。その顔はもちろん真っ赤だ。


「……似合ってるよ、そのTシャツ」


僕が照れ隠しにそう言うと。穂花は「……あ、ありがとうございます」と、もじもじしながらも、この上なく嬉しそうに、ふわり、と微笑んだ。その笑顔に僕の理性が、また少しぐらつく。

僕は彼女に近づくと、洗濯物を取り込む彼女の手伝いをするふりをして、その滑り落ちた襟元を直してやる。その時、僕の手がわざと少しだけ彼女の胸の柔らかな膨らみに触れた。


「ひゃっ!?」


びくっ、と彼女の体が可愛らしく跳ねる。でも、彼女はそれを嫌がる素振りは見せなかった。むしろその瞳は潤んで、もっと、というように僕を見つめてくる。

そのあまりの可愛さに僕はもうどうしようもなくなって、彼女の体をそのままぎゅっと抱きしめる。彼女の唇を舌で抉じ開け、深く舌を絡めながら、大きな胸を揉み込むように撫でまわす。可愛く勃ったその乳首を、乱暴に指の腹で弄んだ。


「ぁ、し、しずくちゃ……ぉ、お部屋、いこ……」


日常の何気ない風景。その一つ一つが、彼女がこの家に来てくれたおかげで、忘れられない特別なキラキラした瞬間に変わっていく。

僕は腕の中にある温かくて柔らかいこの宝物を抱きしめながら、そんなどうしようもないほどの幸福を、ただ噛み締めていた。

夏の空はどこまでも青く澄み渡り、彼女の嬌声が空に溶けていく。



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