デス座衛門の妖魔狩り

よるめく

第1話

 札外さつがい弟子座衛門デスざえもんの役目は幹事であった。総合商社の若手だけで集まる飲み会―――通称、上司禁制傷舐め会の。


 総合商社は辛い仕事だ。毎日毎日クレーマーを逆探知して撲殺しに行き、納期を守らない連中を奴隷にして叩きのめし、そうした事情を組まない上司を締め上げる。


 弟子座衛門は得意だったが、他の同僚たちはそうでもない。彼らは殺す時こそ労働者御用達の殺戮エナジードリンク“コロスゾ”を飲んでハイになっているものの、定時になれば効果が切れる。“コロスゾ”は一日に二杯以上飲んだ人間をニャルラトホテプの新たな一側面に変えてしまうので、エナドリの反動で暗い気持ちになりながら残業を行わねばならない。


 そんな労働者たちにとって、同じ苦しみと苦労を共有できる同期オンリーの飲み会は、何物にも代えがたい憩いの場であったのだ。


「いつも悪ぃな、弟子座衛門デスざえもん


「気にするな」


 弟子座衛門は、同期の穏原おんばらの肩を叩いた。穏原は営業兼クレーム殺戮出張拳の伝承者であり、クレーマーを殺すためなら宇宙ステーションまで撃ち落とす。暗殺営業のプロフェッショナルだ。


「ウチで一番大変なのはお前なんだ。慰労会の幹事ぐらい、一番疲れにくい奴がやらないとな」


地獄送り呪音再生係テレホンワーカーも楽じゃあねえだろ。クレーマーの怒声やらカスの言い訳やらを一番最初に食らってよ……耳栓しないとお前まで死ぬ」


「音楽聞いてっから大丈夫だよ。お、ちょっと待ってくれ」


 弟子座衛門デスざえもん穏原おんばらに詫びを入れると、廊下に飛び出す。そこには“コロスゾ”が切れた影響だろうか、ゆらりゆらりと幽鬼のように歩く男の背中があった。


 弟子座衛門はその背中に呼びかける。


「おーい、優看ゆうみ! もう帰るのか?」


 優看と呼ばれた男は足を止め、弟子座衛門がじれったく思うほどの速度で振り返る。その顔は蒼白だった。般若の入れ墨が入った頬はこけ、目は落ちくぼみ、目の下には濃い隈が浮かんでいる。


 たじろぐ弟子座衛門デスざえもんを見て、優看ゆうみは細かく頷いて見せる。


「ああ、ああ……札外さつがいか。おれは……そう、帰るんだ。家に……」


 その声にも覇気が無い。無職、独り身、低所得者、人権擁護団体、マスコミ等、わざわざ益体のないクレームを入れてくる社会のクズの方が遥かに元気だ。


 弟子座衛門デスざえもんは唾を飲み込む。優看ゆうみはつい二か月前まで、穏原おんばらと同じ営業兼クレーム殺戮出張拳の担当だった。弟子座衛門が逆探知したクレーマーを意気揚々と殺害しに行き、ついでに気に入らない人間をサンドバッグにして拳の威力を高めるほどに仕事熱心だったのだ。


 それが、いつの間にか枯れ木のように痩せてしまっている。大学時代、同じサークルで外国籍マフィアを狩っていた頃の、アメフト部の五倍の体格を持つ男と同一人物とは思えない。


 弟子座衛門は無理やり笑みを作りながら、切り出した。


「今度さ、また飲み会やるんだけど、どうだ? お前、しばらく来てなかったろ。引っ越しとか、色々大変みたいだったし……。久しぶりに、みんなと飲まないか」


「……いや、だめだ。お前らと飲むのは楽しいが……帰りが遅くなる……」


「遅くなるったって、別に困ることないだろ? お前、ひとり暮らしなんだし」


「いや……」


 優看ゆうみは緩慢に首を振った。彼の目は、もう、弟子座衛門から離れ、出口の方へと向かっていた。


「女がいるんだ……待たせちゃ悪い。帰らないと……早く……」


 夜の森の葉擦れのような呟きを残し、優看ゆうみは会社を去っていく。


 話を聞いていたらしい穏原おんばらが、怪訝そうに呟いた。


「女? あいつ、いつの間に」


 穏原の言葉を聞き流しながら、弟子座衛門は険しい眼差しで優看ゆうみの背中を見送った。

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