東京CJ調査室 大学編03『桜の観る夢』

NOFKI&NOFU

第01話 立花カイト

ナレーション:

立花カイトは東響大学の3年生でIT学部に所属している。オカルト研究部の親友 真田サトルから、アヤ先輩の探偵としての能力や、冒険譚ぼうけんたんの話を聞かされていた。その言葉は彼の心を強く揺さぶり、心の中でくすぶっていたある「思い」を確固たる決意へと変えた。彼は、オカルト研究部への入部届を出した後、その足で部室へと向かっていた。


「コンコン」


カイト:

アヤ先輩、いらっしゃいますか?

(ドアの向こうから、人の気配が確かに感じられる。さっきから何度か、中で何かが動く音が聞こえた。誰かいるのは間違いない。緊張で乾いた唇をそっと噛み締める)


アヤ:

はーい、カイト君ね。

今行くからちょっと待っててね。


カイト:

突然のおしかけ、本当に申し訳ありません。

それに、お時間を取っていただいて、心から感謝しています。


カイト(モノローグ):

ガチャリと、古びたドアの鍵が回る音がした。ゆっくりと開かれた扉の向こうから現れたのは、4年生でオカ研部長の柊アヤ先輩だった。ポニーテールの柔らかな髪と、知的な光を宿した瞳。サトルの口から聞いていた通りの、不思議な魅力を放つ女性だ。


アヤ:

あは、気にしなくていいわよ。

入部前に話を聞きに来てくれるなんて、部長冥利に尽きるわね。さあ、遠慮しないで、入って入って……。


カイト(モノローグ):

アヤ先輩に促され、足を踏み入れた部室の中は、想像以上に混沌としていた。壁際の棚には、胡散臭い黒魔術の古書が並ぶ一方で、隣には子供向けのようなUMA図鑑が乱雑に積み重ねられている。小さな机の上には、可愛らしいぬいぐるみがいくつか無造作に置かれ、その脇には埃を被ったパソコンが鎮座している。


どこか不思議な、それでいて懐かしいような匂いがした。彼女は俺を迎える前に、この雑然とした空間を片付けていたのだろうか? 勧められたパイプ椅子に腰掛けると、先輩はにこやかに俺の正面に座った。


アヤ:

さっきまで片付けをしていたから……散らかってるかも。ごめんね。

それで、どうしたのかな?カイト君。話しにくいことなら、無理に話さなくても大丈夫。ゆっくり、君のペースで話してくれていいからね。


カイト:

お気遣いありがとうございます。(こんなに話しやすい雰囲気を作ってくれているのに、何を緊張しているんだ、俺はこれでも新興財閥立花グループの三男坊だ。背中にじんわりと嫌な汗が滲む。普段の軽薄な自分なら、こんなことで動揺したりしないはずなのに。いつもの自分に戻ろう。)


実は、「きさらぎ駅」から無事に戻ってきたサトルから、小耳にはさんだんですが、アヤ先輩は優秀な探偵だと。そこで、少し相談したくて……というより、ぜひ先輩の意見が欲しくて、ここに来たんですが、大丈夫ですか?


アヤ:

もちろん、大丈夫よ。サトル君から私の話を聞いたのね…どんな感じで話してくれたのかな、なんだか少し恥ずかしいわね。


カイト:

なんと言いますか、まるで信仰でもしているかのように「アヤ先輩、アヤ先輩」と繰り返すのを聞いているうちに、俺も自然と先輩にいろいろ相談してみたくなったというか…。


アヤ:

ふむふむ。なるほどね……。可愛い後輩の相談を、無下にするような人間には見えないでしょう? 私は、できることなら、何でも相談に乗るつもりよ。


カイト:

ありがとうございます。面白い話かどうか分かりませんが……。俺自身、まだ上手く飲み込めていない部分があって……。



ナレーション:

東京都から、都立公園にある都営住宅の改修・拡張工事を、入札で立花グループが請け負った。都の承認と各種の綿密な調査を経て、来週から本格的な工事が始まる予定だった。しかし、その現場で思わぬ問題が発生し、カイトの心を揺り動かすことになった。


アヤ:

そっかそっか……カイト君って、たしか立花グループの御曹司だったんだよね。話を聞いて、ピンと来たわ。


カイト:

御曹司って言っても、兄貴二人が優秀だから、俺は好き勝手にやらせてもらってるよ。会社には顔を出しているけど、現場の細かいことには口を出さないのが俺のやり方でさ。それで……。


実は、うちのグループで請け負った都営住宅の工事が来週から始まるんだけど、その現場に大きな桜の木があってね。現場監督が言うには、樹齢何百年にもなる古木なんだとか。もう木も古く、幹には腐っている場所もあるし、何より拡張工事の邪魔になる。だから、役所との話し合いで伐採することになったんだ。木を切ることは、会社の利益を考えれば当然の判断なんだけど……。


アヤ:

あら、あの都立公園の一本桜のことね。子供の頃、私も見たことがあるわ。春になると見事な花を咲かせて、すごく綺麗だったのを覚えている。たしかに古い木だから、仕方のないことなのかもしれないわね。


カイト:

そう、その木だと思う。現場監督から聞いたんだけど、その伐採現場に、毎日同じ時間に一人の老人がやってきて、作業を中止するように訴えてくるらしいんだ。どうやら、その老人は『昔の恋人と、この桜の木の下で再会する約束をしていた』らしい。だから、その約束の木を切ってほしくないと、切々と訴えているんだとさ。


もちろん、法的に問題はないし、無理やり作業を進めることは可能だ。でも、その話を聞いてしまって……なんだか可哀想でさ。俺たちが進める工事で、誰かの大切な約束の場所を消してしまうのが、どうにも心に引っかかってしまって。


アヤ:

そうね……歴史のある大木の桜なのだから、たくさんの人の人生や移り変わりを見てきたんでしょうね。そっか、カイト君の立場だったら、現場の判断に任せて見て見ぬふりをすればいいだけなのに……。わざわざこんな相談をしてくるなんて、本当に優しいのね。それで、工事が始まるまでは、あとどのくらいの期間があるのかしら?


カイト(モノローグ):

アヤ先輩の真っ直ぐな視線に、俺は思わず目を逸らした。俺のこの「優しさ」は、偽善かもしれないのに。それでも、彼女はまっすぐに俺を見てくれている。


カイト:

えっと、来週の水曜日だから、あと一週間かな。何か、そのお爺ちゃんを納得させてあげられるような、いい方法がある?


アヤ:

大事な後輩からの頼みだからね。そのお爺ちゃんが、桜の木から自然に気持ちを離れさせられるように、手を貸してあげればいいんじゃないかしら。残りの期間は一週間弱。カイト君は、私にお爺ちゃんの恋人を探してほしいと依頼しなさい。もちろん無料で受けるから。でも、その間、私に手を貸してくれると、とっても嬉しいんだけど……どうかしら?


カイト(モノローグ):

こんなしょうもない感傷的な話だと、笑われるかと思っていたけど、先輩は真剣だ仕事として、責任を持って引き受けてくれるってことか!これは心強い。俺一人では、どうしようもなかった。


カイト:

もちろん、手伝うよ。できることは何でもする。

「アヤ先輩、そのお爺さんの恋人を探してほしい」

お願いします。


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