第8話 エ・ランテル市民動揺事件

 魔導国が支配するエ・ランテル。

 かつて栄華を誇ったこの都市は、今や静まり返っていた。通りを行き交う人々の顔には、以前のような活気はなく、どこか怯えと諦めの色が滲んでいる。

 この不穏な空気は、アルベドが周到に仕掛けた情報操作によるものだった。アインズ様の統治を盤石なものにするため、彼女は民衆に「恐怖」と「畏怖」を植え付けるという、巧妙な戦略を実行していたのだ。

 《命令:民衆に恐怖を植え付け、アインズ様への絶対的な忠誠を誓わせよ。》

 《目的:魔導国の統治を揺るぎないものにすること。》

 《実行者:ナザリック地下大墳墓総司令、アルベド。》


 アルベドは、エ・ランテルの市民に、奇妙な噂を流し始めた。

 「夜中に街を徘徊する『影』がいるらしい」

 「その『影』は、アインズ様の命に背いた者を、跡形もなく消し去るそうだ」

 このような噂は、最初は酒場の与太話として一笑に付されていた。しかし、毎晩、決まった時間に街のどこかで、まるで何かが破壊されたかのような音や、誰かの悲鳴のような声が聞こえるようになる。しかし、翌朝になると、そこには何も残されておらず、ただ静寂だけが広がっていた。

 市民たちの心に、小さな「違和感」が芽生える。それは、やがて恐怖という「感情の膨張」へと繋がっていく。


 ある日、街の有力な商人が行方不明になった。彼は、アインズ様の統治に不満を漏らしていた人物だった。

 「まさか……本当に『影』に消されたのか?」

 市民たちの間で、噂は一気に現実味を帯び始める。

 アルベドは、この状況を巧みに利用する。彼女は、王都の貴族たちに『影』の存在を囁き、彼らの恐怖を煽る。そして、その恐怖をさらに増幅させるかのように、アインズ様が自ら街を巡回するようになる。

 アインズ様は、市民たちの前では、常に穏やかで慈悲深い振る舞いを見せる。しかし、その背後には、常にアルベドの指示を受けた『影』が潜んでいる。市民たちは、アインズ様の優しさに安堵しつつも、その背後に潜む『影』の存在に、言い知れぬ恐怖を感じていた。


 《命令:民衆の恐怖を、アインズ様への畏怖へと昇華させよ。》

 《目的:魔導国の統治を揺るぎないものにすること。》

 《実行者:ナザリック地下大墳墓総司令、アルベド。》


 アルベドの思惑通り、市民たちの恐怖は、次第に「アインズ様への畏怖」へと変わっていく。彼らは、アインズ様の優しさが、自分たちに与えられた『慈悲』であり、その慈悲に背けば、いつ『影』に消されてもおかしくない、と考えるようになったのだ。

 それは、恐怖による支配ではなく、畏怖による支配だった。


 数ヶ月後。

 エ・ランテルは、表面上は平穏を取り戻していた。通りを行き交う人々の顔には、怯えの色は消え、アインズ様への畏怖と、絶対的な忠誠心だけが残っていた。

 そして、ナザリック地下大墳墓。アルベドは、アインズ様に報告書を提出する。

 「陛下、エ・ランテルの市民たちは、完全に我々の支配下に置かれました」

 その言葉に、アインズは満足そうに頷く。

 「うむ、ご苦労であった。この成果は、今後の魔導国統治の、大きな礎となるだろう」

 アルベドは、そんなアインズ様の言葉に、心からの喜びを感じる。

 彼女の瞳には、アインズ様への深い忠誠心と、魔導国を完璧に支配する、総司令としての誇りが宿っていた。

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