第6話 商会買収の舞台裏

 王都の有力商会が、突如として経営危機に陥っていた――。

 ナザリック地下大墳墓。アインズ様が不在の間も、その機能は完璧に維持されていた。玉座の間に一人佇むのは、執事であるセバス・チャン。

 彼の眼前には、現実世界で流通している金銭の動向、そして、ナザリックが支配する国々の経済状況が詳細に記された帳簿が置かれている。アインズ様は、この世界の経済を理解し、支配することの重要性を常に説いていた。

 《アインズ様が不在の間に、このナザリックの経済基盤を、より強固なものにせねばならない。それが、執事たる私の務め》

 セバスは、そう心の中で決意を固める。


 彼の次の手は、王都に存在する有力な競合商会を、ナザリックの支配下に置くことだった。

 セバスは、アインズ様が収集した情報を基に、ある競合商会の弱点を突くことに成功する。それは、その商会が抱える、莫大な負債だった。彼らは、王都の貴族たちに貸し付けた金が、回収不能な不良債権と化し、破産の危機に瀕していた。

 しかし、その窮状に気づいたのはナザリックだけではなかった。グレイ・ウッドマンは、密かに王都でもう一つの有力商会『黄金の秤』に救済を求めていたのだ。だが、その情報はすでにデミウルゴスが掴んでおり、裏で『黄金の秤』の信用取引のための保証人が突如失踪するという妨害工作が行われていた。


 「これは、我々にとって絶好の機会です」

 セバスは、静かにそう呟く。

 彼は、自らが設立した商会『漆黒の鳥(ブラック・バード)』を使い、その競合商会に接触する。

 『漆黒の鳥』は、あくまで「善良な商人」として振る舞い、彼らに救いの手を差し伸べる。

 「貴方方の窮状、拝察いたしました。もしよろしければ、我々が負債を肩代わりいたしましょう」

 『白銀の鷹』という名の競合商会の代表、グレイ・ウッドマンは、目の前の男が差し出す救いの手に疑念を抱き、視線を泳がせる。「……しかし、そんな破格の条件、本当に信用していいのかね? 何か裏があるのでは……」

 セバスは、グレイの部屋に無造作に置かれた、未公開の負債額を記した帳簿に一瞬だけ視線を向け、すぐに笑顔に戻る。「ご安心くださいませ。私どもは、ただ御社の未来を憂う者でございます」

 さらにセバスは、何気なく置かれていた未開封の封書を指差す。「……その手紙、確か『黄金の秤』への融資依頼状ではございませんか?」

 その一言に、グレイは顔色を変えた。この男は、自分の最も隠したい情報を、なぜか知っている。破産寸前の状況と、セバスの完璧な言葉に、抗うことはできなかった。彼の心中には、助けを求めていた別の商会からも返事がないという焦りもあった。


 セバスは、負債を肩代わりする代わりに、一つの条件を提示する。

 「貴方方には、我々の商会に吸収合併していただきたい。ただし、商会の名前、従業員、そしてブランドは、そのまま維持していただいて結構です。ただ、我々の方針に従っていただければ、それで結構です」

 それは、一見すると破格の条件だった。

 しかし、それはセバスの巧妙な罠だった。

 《商会という組織は、その名前やブランドに価値がある。しかし、その中身が我々の意のままであれば、それはもう、我々の手足に過ぎません。たとえ相手が百年続く伝統を持つ商会であろうと、アインズ様の御為ならば、それを壊すことに一片の躊躇いもございません》

 セバスは、そう内心で呟き、冷徹な笑みを浮かべる。


 『白銀の鷹』の代表は、この申し出を快諾する。会議室を出るグレイの後ろ姿には、安堵と、かすかな絶望が入り混じっていた。その後ろでは、幹部たちが安堵の表情を見せつつも、「本当に、よかったのか…?」と囁き合っていた。

 かくして、『白銀の鷹』は、その名を保ったまま、『漆黒の鳥』の支配下に置かれることになった。

 セバスは、次に『白銀の鷹』が持つ販売ルートや顧客リストを掌握する。その中には、特に王都貴族専用の高級香辛料のルートや、南部の塩の独占権など、価値ある情報が多く含まれていた。そして、そこにナザリックが生産した商品を流し込み、利益を最大化する。

 それは、ナザリックの経済支配を、着実に、しかし確実に進めていくための、緻密な戦略だった。


 数ヶ月後。

 王都では、『白銀の鷹』が突如として活気を取り戻し、以前にも増して繁盛していることが噂になっていた。

 「あそこの商会、どうしたんだ? 急に売れ始めたぞ?」

 「ああ、何か新しい商品でも開発したんじゃないか?」

 市民たちは、その理由を知る由もなかった。

 そして、ナザリックの地下大墳墓では、セバスが新たな帳簿を手に、次の標的を思案していた。

 「ふむ、次は……この商会、でしょうか。アインズ様、あなたの御前で、この世界の経済基盤を、完璧に整えてみせます」

 そう呟く彼の瞳には、主への深い忠誠心と、有能な執事としての誇りが宿っていた。

 ……その顧客リストの中には、後にナザリックの覇道を決定づける、とある貴族の名も記されていた――。その貴族の紋章には、三本の黒い矢が交差しており、王都の裏社会では「戦争屋」と呼ばれる不穏な家紋だった。


 次回――ナザリックの商戦は、予想外の方向へ加速する

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