第33話 恋敵登場!?

 蝉の声が遠のいて、風に秋の匂いが混じりはじめた、ある日の午後──


 レオナルド先生は、タンポポの綿毛たちに、こう切り出しました。


「あー、これまでの授業や実習を通して、お前たちの知識、実力は、冒険者としてやっていくのに十分たりえると評価している」


「おおお……!」


「ま、当然だな!」

「ふっ」

「あざーっす」

「いえ、まだまだ……」と、反応は様々。


「というわけで──お前たちは、いつでも卒業試験を受けることができる。ま~、考えといてくれや」


「先生!」と手を挙げたのは、アランくんだった。


「卒業試験って、具体的には何をするんですか?」


「街の冒険者ギルドに行って、DかEランクの依頼を一つ、正式にこなしてくる。それだけだ。ギルドで受理し、実行し、報告して、完了させる。依頼の内容はギルド側で用意してくれる」


「ふえぇ~、冒険者ギルド……なんだか緊張するです」

「っていうか、ちょっと行ってみたくね!? 卒業試験の前にさ!」

「先生たち、連れってよ!」


「んー、そうだな。俺も丁度、ギルドに用事があったし、今からでも良けりゃ連れてってやる」


「やったー!」

「行こう行こう!」

「エリちゃんも一緒に行くよね?」


 こうして、タンポポの面々と共に、冒険者ギルドへ出かけることになりました。


 ──ちょっと、さびしいような、誇らしいような、複雑な気持ちです。


 冒険者アカデミーの受講期間は特に決まっておらず、優秀な生徒なら数か月で卒業できる。

 もちろん、何年もかけて卒業していく人も多い。


 卒業かぁ……確かに、この子たちは優秀だけど、もうそんな時期なのね……。




◇ ◇ ◇




 ウェスタニア市街のほぼ中央にある、冒険者ギルド──


 重厚な石造りの建物に入ると、学園とは違う、むわっとした荒々しい匂いがする。

 学園のお使いで何度か足を運んだことはあるんだけど、やっぱりこの雰囲気は血が騒ぐわね!


「おおぉ……ここが冒険者ギルドか……!」

「受付って、綺麗なお姉さんじゃないんだ……」


 カウンターに目をやると、手際よく書類を束ねる男性職員たち。

 そして受付前では──


『おい、そこの! オークは牙だけ持ってこいっつってんだろ! 顎ごと持ってくんじゃねー!』

『ちまちま抜いてる暇なんかねぇーんだよ!』

 険悪なムードのやり取りが飛び交い、隅のテーブル席では、屈強そうな冒険者たちが地図を囲んで何やら真剣な顔。

 眼帯をした斧使いの大男、フード姿の女魔術師──


「本物の冒険者って、迫力が違うな……」


 タンポポの綿毛たちも、いつもの調子ではいられない様子で、そわそわしながら中を見回している。


 すると、そこへ──


「あっれー? レオナルドせんせー!!」


 カウンター前で一人の冒険者が手を振っている。

 三人組の冒険者パーティのようだ。


 一人は、端正な顔立ちの青年剣士──

 その両隣に、それぞれタイプの違う美女が寄り添っている。


「うわ、誰あれ!?」

「先生の知り合いか?」


「はわわぁー(美人さんですね)」

 マリルちゃん? そこ小声にすると、なんだか、あたしに気を遣われているように思えるんですけどー?


 二人の美女は、青年剣士に何か伝えると、飛び跳ねるようにレオナルド先生の元へとやってきた。


「お、おう。お前らか……久しぶりだなー」


「ふふふっ♡ まさかこんなとこで再会できるなんて」

「せんせー、相変わらず格好いいですぅ~♡」


 そして、左右から腕にしがみつかれて身動きが取れなくなるレオナルド先生……。


 ──え? 何、その距離感?


「うわぁ……」

「これは……」

「……事件でござるな」


 後ろでタンポポたちのざわめきが聞こえた気がする。


「レオナルド先生! あ、あの、その方たちは、どちら様ですか?」


 ちょっと声が上ずっちゃった。


「んー? アカデミーの卒業生だよ。何年か前の」


「あら、今はこんな可愛らしい娘の先生やってらっしゃるの?」

「違う違う。同僚だよ」

「えー! せんせーの同僚!? いいな、いいなー」


「あ、えっと、あたし、エリーシャっていいます!」

「あら、申し遅れましたわ。あたくしはアナスタシア。そっちのがライナです。よろしくね、お嬢ちゃん」

「よ・ろ・し・く☆」


 2人は同時にウィンクしてきた。


 ぐっ……!


 お、お嬢ちゃんって!? そんなに歳は離れてないわよね! ていうか、あたしって、そんなに幼く見えてるってことかしら……。


「あー、エリーシャ先生、俺はこれからこの二人とちょっと用事があるから、あと頼めるかな?」


「え、あーー、はい……」


 そう言って、レオナルド先生は美女二人に挟まれたまま、冒険者ギルドから出て行ったのです。


「むむ……エリーシャ先生、これは放っておけない事態でござるよ!」

「タンポポの綿毛、全員集合ー!」

「みんな一緒にいるって」

 (ごにょごにょ、ごにょごにょ)


 な、なにを始めようというのかしら。


「大丈夫! 俺たちはエリーシャ先生の見方だぜ!」

「レオナルド先生たちの後を付けて、いざとなったら──」

「さ! エリーシャ先生も早く!」


 え、えー!? 尾行するつもりなのー!?


 罪悪感とか、見届けなくちゃとか、でも見たくないとか、なんだか色んな感情がぐちゃぐちゃになって、思考が定まらない。

 けど、きっと今動かないと後悔する気がして、タンポポの綿毛たちの好意? に乗っかることにしました。




◇ ◇ ◇




 レオナルド先生たちは街中をブラブラ歩いて、

 屋台で料理を食べて、

 また歩いて──


 街の広場で、手を振って別れた。


 え? それだけ?


 でも、その瞬間、ライナさんかな? 殺気のこもったような鋭い目で、こっちを睨みつけたような、そんな気がした。


 尾行に気付かれていたのかな──。


 だとしても、一瞬背筋が凍るような、只ならぬ殺気を感じた気がするんだけど……。


「あれー? もう終わりかよ」

「どうしようか」

「あの美女二人の動向をチェックする必要があるのではござらんか?」

「なんでよ……」


 みんながワイワイと議論していると、後ろからレオナルド先生の声がした。


「──ったく、お前らも暇だねぇ~。どこまでついてくる気だったんだ?」


「うわっ!? せ、先生っ!?」

「気付いてたんですか!?」


「あんな堂々と尾行して、バレないと思ってたのか?」


「う……」


 タンポポ軍団、撃沈。


 そして、レオナルド先生は少しだけ真剣な目をして言った。


「あいつらは、お前らが思ってるようなのじゃねえ。首を突っ込むな。さっさと帰れよー」


 ──そう言って背を向けて、去っていった。




◇ ◇ ◇




 翌日。


 教室に入ってきたレオナルド先生の頬には絆創膏、腕には包帯を巻いていた。


「えっ、どうしたんですか!? そのケガっ」


「ちょっとな。悪い奴らを締め上げただけだ」


 悪い奴らって──レオナルド先生に傷を負わせるほどの手練れってこと!?


 昨日のライナさんの鋭い視線が、頭に浮かんだ。


「ぁ、ぁの……昨日の、お二人は……?」


「アイツらはもう旅立ったよ」


 レオナルド先生は目線を逸らしたまま、そう言ったきり、それ以上のことは語られなかった。


 先生は終日、窓の外を眺めたり、目元を抑えて頭を振ったりして、なにか思い悩んでいる様子だった。




◇ ◇ ◇




 そして放課後──


「授業の一貫だと思って聞いてくれ」


 レオナルド先生は、教室に残っていた皆に向けて、静かに話し始めた。


「この話は、お前らに伝えるべきかどうか迷ったんだが、やはり知っておいてもらいたい」


 しん、と静まり返る教室。


「この世にはな……”終末”を崇拝する連中ってのがいる。世界の終わりを望むような、理解できねぇ奴らがな」


 一呼吸おいて、先生は続けます。


「先日のダンジョンでの一件で、ダークドラゴンの復活が示唆された今、そういう組織は、力のある者を取り込もうとする。それが叶わないなら──消そうとする」


 ざわり、と空気が変わる。


「お前たちはすでに”竜”と接触している。関わった以上は……近づいてくる奴らには、常に警戒が必要だ」


「……もしかして、昨日の二人って──」


「あくまでも可能性の一つとして、頭の隅に置いといてくれればいい。以上だ」


 レオナルド先生は肯定も否定もしなかった。

 あたしは、それ以上詮索することはできず、妄想だけが広がっていった。


 きっと……あの二人は、先生にとって思い入れのある生徒だったはずだ。


 それでも──


 自ら手を下す必要があると判断したんだ。


 その決断が、どれほどの重さだったのか……


 あたしは、ただ静かにレオナルド先生の背中を見送ることしかできなかった。

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