第28話 竜を屠りし者
ドラゴンの顎が、アルフレッドくんの胴体を咥え込んだ。
「──ッ!!!」
ドラゴンの動きが一瞬止まる。
「が──……ぁああッ!」
咥えられたままのアルフレッドくんは、震える腕を持ち上げ、
最後の力を振り絞るかのように、握りしめたショートソードでドラゴンの片目を抉り出す。
ガァアアアアアアッ!!!
竜の悲鳴と怒号が広間に響き渡り、それと同時に──
メリメリ……グチャリ
咥え込んでいた胴体を、ドラゴンが顎の力でねじ切った。
胸から上と、へそから下の足が、別々に落ちていく。
ふたつに裂かれたアルフレッドくんの身体は床に叩きつけられ、柔らかいゴム人形のように力なく跳ねて、動かなくなった。
「ぅ……あ、ぁ……ああああぁあああああッ!!」
喉の奥から、絞り出すような悲鳴が漏れた。
こんなの……こんなのって……!
「い、今は逃げるぞ!」
デュロスくんの叫び声が、広間に響く。
「アルの……覚悟を……無駄に、できるかっての……ッ!」
震える声で、アランくんがみんなを導く。
アルフレッドくんの覚悟……”暁の契り”ってそういうことなの?
「早く! エリちゃん!」
シルフィちゃんが手を差し伸べてくれる。
けど──あたしは首を振った。
「……あたしは、ここに残る」
「えっ……?」
「“先生”として……最後まで見届ける」
それが、あたしにできる、せめてもの──けじめなんだと、そう思った。
◇ ◇ ◇
「てめぇえぇぇえぇぇぇッ!!」
怒りの声が、雷のように響いた。
レオナルド先生がドラゴンに斬りかかる。
「ッらああああああッ!!」
振り下ろされる剣。叩きつけられる渾身の一撃。
けれど、黒い鱗は硬くて、まるで岩を斬ろうとしているみたいに、火花を散らして弾かれるだけ。
面倒くさがりのレオナルド先生が、本気で怒ってる。
今まで見たことないほど、鬼のような形相で──
だけど、まったく歯が立たない。
「クソがっ……!」
先生の額からは汗が噴き出し、肩で息をしてる。
じりじりと押されているのがわかる。
あたしは力の入らない足で、地面に転がるアルフレッドの上半身に近づいた。
「……ごめんね、アルフレッドくん……助けてあげられなくて」
まだ見開いたままの真っ黒な瞳が虚空を見つめていた。
彼のまぶたに手を添える。
「……ごめ……ごめんなさい──」
そのまぶたを、そっと、閉じてあげた。
◇ ◇ ◇
ゴガァアアアアアッ!!
ドラゴンが奇妙な姿勢を取った次の瞬間、音もなく離れた場所へと移動した。
瞬間移動──!?
それであの時、一瞬にしてアルフレッドくんの背後に現れたんだ──。
そしてドラゴンの咆哮が、空間を揺るがす衝撃波となってレオナルド先生に迫る。
「──ッ!?」
レオナルド先生の剣が、粉々に砕け散り、肩が切り裂かれる。
「くッ……やれやれ……ようやく、目が覚めてきたみてぇだな」
折れた剣の柄を放り投げて、何もないはずの空間へ、手を
空間収納?
「相棒──、出番だ」
そして、レオナルド先生の手元に──“それ”が出現した。
どこからともなく、取り出したその剣。
漆黒の刀身に、赤い魔法文字が浮かび上がっていてる──。
「竜を屠りし剣──ドラゴンスレイヤー!」
あたしは息を呑んだ。
禍々しい気を纏うような大剣。ドラゴンスレイヤー!?
ドラゴンを討伐して生還した三人の中の一人が携えていた大剣だったはず。
レオナルド先生が、伝説のドラスレ称位持ちだったってこと!?
その大剣を手にした瞬間、レオナルド先生の気配が変わった。
空気が、締めつけられるように重くなる。
「──いくぞ」
そう呟いた時には、すでにレオナルド先生の姿は掻き消えていた。
「!?」
ドラゴンが咆哮するも遅い。
レオナルド先生は目にも止まらない速さで、ドラゴンの背後から、横から、上から、雷鳴のような斬撃を叩き込む。
その動きは、さっきドラゴンが見せた“瞬間移動”と同じくらい速い──
斬撃は鱗の硬さをものともせずに砕き割り、切り裂き、黒い血を噴き出させる。
ドラゴンが再び距離を取って、咆哮の衝撃波を繰り出す。
しかし──
「おらぁぁあああああ!!」
渾身の一閃。
レオナルド先生は衝撃波ごと、ドラゴンの身体を真っ二つに切り裂いた。
血が、爆風のように広がって、広間の石床を染めた。
巨体が、ゆっくりと倒れ込む。
──終わった?
レオナルド先生は手にしていた大剣を空間に収めて、こっちに歩いてくる。
「……先生……」
「……すまない。俺の……判断ミスだ」
「そんな……こと……ないです……先生は悪くない……悪くないけど」
涙が次々と溢れ出して、何を言っていいのかもわからず、ただただ、悲しかった……。
「アルフレッド……連れて帰ろう」
◇ ◇ ◇
出口へ向かう道中、少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
「先生、蘇生魔法とか、無いんですか?」
「……ないな。物語なんかじゃ定番みてぇだけど、現実には存在しない。あったとしても、蘇った者はアンデッド……ゾンビかスケルトンの類になっちまう」
それが現実らしい。
「すごくいい子だったのに……ぐすんっ……すんっ……うっ……うぅぅ……」
レオナルド先生は何か言いかけたけど、何も言わなかった。
多分、冒険者になるってことは、こういうことだと言いたかったんだと思う……。
頭ではわかっていても、あまりにも突然過ぎる。
呆気なさ過ぎるよ……。
◇ ◇ ◇
ダンジョンの出口を抜けた瞬間──
「……! 先生!! エリちゃん!!」
シルフィちゃんが駆け寄ってきた。
「アル……アルは……っ」
エリーシャの背に、ぐったりと抱えられたアルフレッドの上半身が見えた途端、皆の顔色が変わった。
誰もが、一瞬、息を止める。
そして──
「……戻ったんだな」
アランくんが、絞り出すように呟いた。
マリルちゃんの目にも、大粒の涙が浮かんでいた。
「……俺の判断ミスだ。こんなことになるなんて……」
言葉にならない後悔が、その背中から滲み出ていた。
「先生のせいじゃ……ない……ッ」
アランくんが、涙を堪えながら叫んだ。
「アルが、みんなで決めたことなんだ……!」
「そうだ! アイツ、ドラゴンは!?」
「仇は討った」
「そうか! さすがレオナルド先生だぜ!」
「ドラゴンを一人で倒しちゃうなんて!」
「……エリーシャ先生」
アランくんが立ち上がって、あたしの前に出る。
「アルのこと、運んでくれてありがとうございます……」
そう言って、彼らはアルフレッドくんの身体を地面に置いて、位置を整え始めたのです──。
ん?
「足の方、もっと離して置いた方が良いんじゃないか?」
「でござるな。もしこのままくっついたら、酷くバランスの悪いアルになるでござるよ」
んん??
「こんくらい?」
「もうちょい」
「あー、いいね。こんなもんだろ」
「大丈夫かなぁ?」
「ちょ、ちょっと、あなたたち──」
と、声をかけた、その時だった。
アルフレッドくんの欠損した胴体部分を補うように、光の粒が集まりだし、身体を再生しはじめた。
「きたきたーー!!」
「アルー!」
「帰ってこーい!」
「な、何が、起こってるんだ?」
レオナルド先生は茫然と、ただただ見守っている。
やがて、傷ついた肉体は完全に修復され、そして、ゆっくりと目を開ける。
「アルフレッドくん──ッ!!」
「──。うぇ~い(ゴホっゴホっ)」
「お帰りー!」
「やったね!」
「やっぱ本物だ!」
シルフィちゃんが、泣きながら叫ぶ。
マリルちゃんも、フーリオくんも、嗚咽を堪えながら笑っていた。
「一体全体、どうなってるの!?」
「ぁー、言ったでしょ? 俺、不死身だって」
そう言ってアルフレッドくんは、いつものように無邪気に笑って見せるのでした。
確かに『俺、不死身なんで』って言ってた。自己紹介のときに。
あれ、マジだったんだ……。
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