第4話 真相
一
すべてはゲーム。
そんな感覚で生きてきた。この世に用意されたあらゆる健全で道徳的で常識的な物事は、どうしようもなく退屈だった。
生きているなんて感覚を得られるのは、誰かをベッドに誘うときだけ。自分の魅力を武器に、他人をてのひらで転がそうとするその瞬間は、何よりも刺激的で、輝いて見えた。
「ウワ月」なんて呼ばれても、むしろそれが誇りに思えるほど、私は私自身の人生を歩いてきたという自負がある。
今回の実験で、自分がパチ森の体に入っていると気づいたときには驚いた。さらに、もう一人「ウワ月」を名乗る人間が出てきたのにも驚いた。
――だけど、別にどうでもいい。
私が本物よ、なんて論戦を仕掛けたのは、それがおもしろそうなゲームに思えたからだ。正直なところ、自分が本物のウワ月だと認められるかどうかなんてことには興味がなかった。
私の目的は別のところにある。
議論はとても楽しかったけれど、だんだん飽きてしまった。結局すべてが証拠不十分で堂々巡りになりそうだったから。
だから、最後の暗示説が出てきたときには、これ幸いと乗っかった。ほかの二人もやけにあっさり引き下がったから、それぞれ私のような思惑があったのだろう。まあ、興味はないけれど。
さて、これからどうしようか。
パチ森の体に入っているということは、借金取りに追い回されるということだ。だけど、器用に逃げることに関しては、パチ森よりも私のほうがうまい。
それよりも、私の目的だ。まずはそれを果たすために行動したほうがいいだろう。
パチ森という男の体で誰かを抱いたら、それはどんな感じなのだろうか。
経験したことのない世界に、私は好奇心を抑えられない。
二
マジで、うそがばれなくてよかった。
うそをついた理由は、言うまでもなく借金から逃げ出すためだ。自分は完全なるギャンブル依存で、気づけばスロットのレバーを握っている。一番の問題は、自分でそれをどうにかしようというつもりが一切ないことだ。
爆発炎上の後、俺はヤミ本の体に入り込んでいた。それに気づいたとき、瞬時に俺の脳みそは答えを導き出していた。
――別人になりきってしまえば、借金を踏み倒せるかもしれない。
もしこの話が大きくなって、俺たちの中身が入れ替わっていることが世間に知られれば、俺はやっぱり借金取りに追われるだろう。
そんな人生はごめんだった。楽しくないから。
だから、肉体も中身も、別人に偽装してしまえばいい。
そうして、俺は「ウワ月」を名乗ったわけだ。これは賭けだった。絶対に本物のウワ月とトラブルになるし、あいつを言い負かすことなんてできそうもない。
ただ、あいつの性格は熟知している。結局、思ったとおりに事が運んだ。あいつはあっさり引き下がって、話はうやむやに片付いた。今ごろ、本物のウワ月は俺の体で風俗でも行っているに違いない。
それよりも厄介だったのは、ウワ月の体で誰かが「パチ森」を名乗ったことだ。これで話がいろいろとややこしくなった。ややこしくなったおかげで助かった面もあるわけだが。
つまるところ、問題は「どちらが本当のウワ月か」ではなく、「どちらが本物のパチ森か」だったのだ。
まあ、これについては分かっている。どうせヤミ本だろう。前々から別人になりたいと言っていたし、俺がウワ月を名乗ったせいで、自分は疑われることもなくパチ森を演じることができた。なんてうらやましい。
俺の目に、パチ屋の看板が飛び込んでくる。
まずは金を下ろそう。ヤミ本が暗証番号にしそうな数字の組み合わせは、いくつか心当たりがある。
ヤミ本が俺として生きるつもりなのだ。だったら、俺がヤミ本の金で生きなおしても文句は言うまい。
三
生き延びた。
まずはそれだ。黒焦げの自分の体で、誰かが死んでいる。
それについては申し訳なく思うが、入れ替わりそのものは成功した。世紀の大発明をした張本人が死んでしまうなど、世界の損失だ。だから、これでよかったのだ。
自分がウワ月の体に入っていると分かったとき、考えたのは、いかに責任を回避するかということだ。何の責任かと言えば、当然、黒焦げになってしまった誰かの過失致死に他ならない。
二人のウワ月が登場して、議論をひっかきまわしてくれて助かった。おかげで、すべての真相は闇に葬られた。
どうせ、他人になりたいやつばかりだ。借金に追われるパチ森、人間関係で炎上中のウワ月、自分嫌いのヤミ本。そこへ罪を逃れたいという自分の都合を持ち込んだところで、誰も損などしないだろう。だから、今となっては誰が誰だろうと関係ない。
心残りと言えば、やはり装置が爆発したという点だ。おそらくはモーターかコイルが電圧に耐えられなかったのだろうが、耐久性には細心の注意を払ったはずだ。どんな要因がどんなふうに働いてああなってしまったのか、もう一度計算しなおす必要がある。
生き延びた。
それが最も重要だ。何度でも装置を造りなおすことができる。トライ&エラーを繰り返して、科学はより高みに近づくのだ。
倫理を無視すれば、科学は急速に発展する。
期せずして、それが証明されたのではあるまいか。黒焦げになった誰かの尊い犠牲のもと、電流式他己移換装置はさらなる進化を遂げる。それを達成することこそ、自分の大いなる責務と言えよう。
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