フィールドワークでゴン②

フィールドワークに出るまでまだ時間はある。

それまでの間に、ちょっとした訓練を行う。

本番を想定したバックパックを実際に準備して──水筒などが満杯なのもあり合計重量が十五から二十キログラム近いそれを担いで学園の敷地内を歩き回る。


「俺が先頭でペースを保つから、それぞれが前の人間と一定間隔で歩き続けろ」


まるで行軍のための軍事教練のようであるが、本質的には同じだ。

環境や状況によっては横に広がって歩くこともあるが、基本的には縦列で先頭が斥候を兼ねて警戒しながら進み、安全が確保された道を後続がついていく。


「リシュア、ミルエッタ、遅れてるぞ。ちゃんと前についていけ」


「は、はいぃ」


「……ふぅ……ふぅ」


殿を務めるエルサイノスから注意が飛ぶ。

どこか笑いを含んでいるようではあるものの、普段と比べれば割と真面目な様子ではある。

言われているリシュアとミルエッタは辛そうだ。

日の出から歩き始めて既に日の入り直前といったところ。

例え荷物がなく身一つであったとしてもそれなりの疲労を感じるであろう上に、かなり整備されているとはいえ魔法都市は山間に造られた都市であるため、どこにいっても微妙な勾配がある。

ロウとハリンドは慣れた様子で歩いている。

リンに関しては早々に飽きたのか、あっちこっちに視線をやってその方向へとフラフラ蛇行しがちだ。

ちなみにラフディルに関しては意外と涼し気な顔で歩いている。


「余計なことは考えなくて良い。とにかく前を歩く人間との距離だけを気にして歩け」


そうは言いつつ合間に、


『止まれ』

『下がれ』

『しゃがめ』

『遮蔽物に隠れろ』

『魔力放出を抑えろ』


等、いざという時しっかりと反応できるように様々な指示を出している。

大体一時間を目安に五分ほどの休憩を挟む。


「動けるなら休憩中だけでもバックパックのベルトを緩めておけ。締め付けられ続けると血の巡りが悪くなるし、背中が蒸れるからな」


「バックパックをしっかりと作っていれば、こういう小休止で背もたれ代わりになるぞ」


「水分補給は少しずつ行え。いつ水が補充できるかわからないし、一気に飲むより吸収が良いとされている」


昼頃には食事のための休憩もあったが、それも本番想定で携行食を中心とした食事であった。


「状況によっては煮炊きができないことも往々にしてあり得る。干し肉だの黒パンだのは最低限、噛みちぎれる硬さのものを選ぶと良い。噛んでさえいればそのうち唾液でふやけてくるからな。最悪水で流し込むことになるが、水源が近くになければ補給はできないぞ」


「横になるのであれば、バックパックに足を乗せておけ。足を高くしていると楽になるぞ」


実際の軍事教練を知っているロウなどは、冒険者とはここまでするものなのかと感心していたが、実際にここまでやっている者は多くない。

メイフォン夫妻とて、普段はふたりパーティなのも相まって規律で縛るよりも直接の連携を深めた方が効率は良いし、その内のひとりが物理攻撃担当なのもあって割と緩い空気感を醸し出してはいる。

しかし腐ってもAランクといったところか、やろうと思えばこれくらいはできるのだ。


◇◇◇◇◇◇


「あぁ~~~~…………全身が筋肉痛だよぉ~~~~…………」


「私は靴擦れが痛いです…………」


ところ変わってここは寮の入浴施設。

男女に分かれつつ、学園関係者だけでなくメイフォン夫妻も一緒に入っている。

文化的に他人と風呂に入ることは珍しい地域ではあるが、この魔法都市では利用できる土地が限られていることもあって採用されている。


「素人が変にマッサージすると、後で揉み返しが来るぞ。湯船につかって全身を撫でるくらいにしておいて、部屋に戻ったら身体をよく伸ばしておけ」


ミルエッタとリシュアはかなり疲労した様子だが、リンは呑気に湯船で犬かきしている。泳ぐなバカ猫。


「エルサイノスさんたちは、普段からあんな大変なことをしているのですか?」


「うーん。野営じゃなければそもそも荷物も少ないし、同じ条件ではないけどな。でも日帰りだと逆に食事以外の小休止がなかったり、食事とてもっと素早く食べてすぐ移動、みたいなこともざらだぞ」


「リンもそうだったの?」


ミルエッタが目の前をぷかーっと通り過ぎるリンのケツを叩いて尋ねる。


「にゃーん。狩人は待ちなことが多いにゃ。獲物を見つけたら次に向かいそうなポイントに移動して、そこで獲物が来たらシュッ、ドスッ、にゃ」


矢を射るジェスチャーを示すリン。


「そもそも今日の訓練みたいなのはあくまでも基礎だからな。あれができる上でそれぞれの目的に合わせた動きにしていくんだ。斥候技能があるやつが集まっているなら、列は作らないである程度広がりながら進むこともあるな。ただどんな冒険者でも歩くのは基本だぞ。大きいクランであれば馬車を用意して~なんてこともあるが、それでも実際の狩り場には入っていけないしそこからは徒歩で進むしかないしな」


「私たちが冒険者になるより、冒険者に素材の取り扱いを教える方が早い」


「ですよね……」


エルサイノスの補足を聞いて、ミルエッタとリシュアが絶望的な表情で呟く。

実際にそれは間違ってはおらず、冒険者の中にはそうした素材採取を専門とする者たちもいるにはいる。


「でもラフディルが言っていたみたいに、経過を観察する必要があるんだろ?」


「それはそう……」


「ですよね……」


一方の男子サイドはといえば、同じように風呂に入りつつ武器談義や過去の依頼の話などで盛り上がっている。

直近で魔境の深淵種を撃破したと聞き、彼らは興奮して色々と尋ねた。

ラフディルが補足として深淵種の素材はどうこうと付け加えたりしつつ、どうやって斃したのか、その素材はどうしたのかといった話を続ける。


「流石にAランクといえどドラゴン討伐の経験はないのか」


「そもそもドラゴン討伐の依頼が来ること自体が稀だ。例え依頼があったとしても、ウチのパーティはふたりしか居ないからなぁ」


「合同で参加するようなことはないのですか?」


「ないことはないが、揉め事も多いから正直なところ参加したくはないな」


「俺ぁ実家の傭兵なんかぁ、戦場は一緒だども結局はそれぞれ動いてるからなぁ」


「敵兵全員みたいに、目標が多ければそれぞれ分かれられるんだがな」


こうして訓練の日々が過ぎ去っていく。


◆◆◆◆◆◆


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