第43話

華々しい一戦に身を投じる――そう聞けばいかにも輝かしい響きだが、ダミアン・クロウハーストにとってそれは、あらかじめ用意された余興に過ぎなかった。

この試験に足を踏み入れたその瞬間、彼は五枚ものカードを渡されていたのだ。汗一滴、労力一つ費やすことなく。

それを幸運と呼ぶ者もいれば、「運命の加護」と呼ぶ者もいるだろう。しかし実際には、それは最初から勝者として選ばれた者の特権に他ならない。


では、あの広大な戦場で命を賭け、必死に生き延びようと這いずり回る者たちが、一度もカードに触れることさえ叶わぬ現実の中に、果たして公平さは存在するのか?


答えはあまりにも残酷だ。――公平など存在しない。

死にゆくこの世界において、「公平」という言葉は贅沢な幻想に過ぎない。不当な扱いを受けようとも、弱者は歯を食いしばって生き延びるしかないのだ。

もし本当に公平な世界があったのなら、誰もが生まれながらにしてEXランクの能力を持っているはずだ。


ダミアンは悠々と歩みを進めていた。膝まで届く長衣の裾が、一歩ごとに揺れ動く。

海のように深い蒼の髪は真ん中で分けられ、無造作に広がり、曇天の下で淡く光を反射している。

耳には巨大な銀の十字架型ピアスが揺れ、動くたびに冷ややかな閃光を放った。

一目見ただけで、彼が凡庸な存在ではないことは誰の目にも明らかだった――おそらくはどこかの富裕な貴族の子息であろう。


この試験は、噂にあったような「一人一枚」のカード配布などではない。

実際のルールは遥かに苛烈だ。――試験開始時、各参加者に配られるカードの枚数はランダム。

大半の受験者は何も持たず戦場に放り込まれる中、ダミアン・クロウハーストは開始早々、この試験全体の半分近いカードを独占していた。

この圧倒的な優位を手にした彼は、安全な場所を選び、身を潜め、時が過ぎるのを待つだけでよかった。


では、なぜ最後まで隠れ続けて有利を温存しないのか?


答えは二文字に尽きる。――驕り。


心の奥底から、ダミアンは自分が別格の存在だと信じていた。

残りの者たちは、彼の目には猿同士の争いにしか映らない。

互いに噛みつき合い、誰がより愚かかを競い合っているだけの、哀れな群れ。

一方で自分は、優れた知性と力を兼ね備え、最後の瞬間にだけ姿を現し、数手の鮮やかな一撃で頂点を証明するのだ。


コツ、コツ…

荒れ果てた町の石畳を踏む靴音が、静寂に響き渡る。

頭上の空は濁った灰色に覆われ、重苦しく垂れ込めていた。

冷たい風が吹き抜け、枯れ葉を舞い上げる。それらは空中でゆるやかに回転し、やがて地面に落ちる――まるで迫り来る嵐の前触れを告げる報せのように。

空気は重く淀み、まるでこの先に何か暗く恐ろしいものが待ち構えているかのようだった。


そして――ダミアンの視界に、一つの見慣れた影が現れる。

ゾアだ。

その身体には、いまだ癒えぬ無数の傷が刻まれていた。

一挙手一投足に、激戦を生き延びた戦士特有の重さが滲む。

回復能力を持つとはいえ、万全の状態にはほど遠い。


ダミアンは口の端をわずかに吊り上げ、勝ち誇った声を放った。


「おやおや……最初の獲物は君か。」


ゾアは眉をひそめ、疲労の滲む低い声で応じる。


「……てめぇ、誰だ?」


嘲るような笑いが、ダミアンの喉からこぼれた。


「知る必要はないさ。君はここで死ぬんだからね。

 他にも片付ける相手がいる。時間は有限だ。」


言い終えると同時に、彼は腕を振るった。

虚空から血が集まり、形を成す。細長く伸び、凝固して、真紅の剣となった。

刃を伝う生々しい光が冷ややかな死の気配を漂わせ、これが尋常ならざる能力であることを一目で悟らせる。


ゾアの眉間にさらに皺が寄る。

せっかくここまで来たのに、また厄介な相手と遭遇してしまった。

黒炎が彼の全身を包み込み、空間そのものを焼き尽くさんばかりに猛り狂う。

胸の奥から、漆黒の炎を纏った剣を引き抜いた。


次の瞬間、二人の姿は同時に消える。

紅と黒――二つの輝きが交差し、最初の衝突が地面を揺るがせた。

戦場は、もはや元の姿を留めてはいなかった。

地面は無惨に砕け散り、氷の破片があたり一面に散乱している。

頭上には黒雲が低く垂れ込め、呼吸すら重く圧し潰す。

二人は荒い息を吐き、胸が裂けるような呼吸の中、汗と血が混ざり合い、視線だけは一瞬たりとも外さない――その眼差しには、一切の譲歩がなかった。


遠く離れた森の奥から、突如として漆黒の炎柱が立ち昇る。

空一面を濃く重い闇色に染め、その炎は燃え盛るだけでなく、まるで鎖を引きちぎった悪魔の咆哮のように吠え猛っていた。

その熱は遠く離れたこの戦場にも伝わり、大地全体を震わせる。


マルグリット・ド・ノワーヴェイユは即座に飛び出し、矢のような速度で爆心地へと向かう。

そしてもちろん、その炎はアコウの視界にも入った。


混乱が広がろうとも、ルーカスとミレイユは一歩も引かず、呼吸を乱す暇すらなくぶつかり合う。

互いの衝突は雷鳴のごとく響き、放たれる一撃ごとに衝撃波が戦場全体を揺るがせる。

周囲の者たちは遠くから見守るしかなかった。

誰も割って入る勇気はない――ミレイユ自身すら、この戦いが凡庸な形で中断されることを望まなかった。


もはや無駄にできるエネルギーは残されていない。

一挙手一投足が、体力を節約しながらも最大限の圧力をかけるために計算され尽くしている。

拳、蹴り、身体のひねり、腰の回転――すべては最後の隙を見出すためだ。


ルーカスの拳が振り下ろされるたび、足元の氷がひび割れ、無数の破片となって舞い上がる。

白い稲光が走る中、その破片はまるで氷の宝石雨のように輝いた。

一方、ミレイユの剣筋は冷たく鋭く、かすめただけで相手の肌に長く深い血の線を刻む。


氷の雨の中、二人は追い詰められた獣同士のように――狂気じみて、血に飢え、一歩も譲らない。

金属音、雷鳴、氷が砕ける音が混ざり合い、戦場全体を狂乱の交響曲へと変えていく。


脚は震え、しかし眼差しは揺るがない。

血が一滴ずつ氷の上に落ち、その表面に、すべてを出し尽くした戦士たちの姿を映し出す。


そして――運命の瞬間。

二人は同時に飛び込み、全力を込めた必殺の一撃を放つ。

だが刃が届くより早く、二人の身体は同時に膝を折り、地に崩れ落ち、断続的な息を吐いた。


アコウは読み誤った――これはルーカスの敗北ではない。

これは引き分け、実力が拮抗した末の結末だ。


その時、漆黒の炎柱はさらに高く燃え上がり、天を引き裂かんばかりに荒れ狂った。


マルグリット・ド・ノワーヴェイユが湿った霧の森を抜け出した瞬間、彼女の足は止まった。

そこにあったのは、もはや「試合」ではない――血と炎で描かれた終末の光景だった。


負傷の癒えぬまま立つゾアは、墨のように濃い黒炎を纏った剣を握りしめる。

その対面には、深い紺碧の髪をきっちり分け、銀の十字架のピアスを揺らす貴族然とした男――ダミアン・クロウハースト。

傲慢さが刻まれたその顔は、今や侮りを捨て、鋭い集中を宿していた――ゾアは容易く狩れる獲物ではない。


一方は血のように赤い剣、一方は闇の底のように黒い炎の剣――

二本の刃がぶつかるたび、地獄の花火のような閃光が四散し、空間が歪む。

天は裂け、黒雲は竜巻の渦となって掻き乱された。


ゾアは歯を食いしばり、黒炎の軌跡で空に禍々しい弧を描く。

それは空を赤黒く染め、光を呑み込み、世界を煤けた絵画に変えていく。

一歩踏み出すごとに、大地は砕け、千年の古木が瞬時に燃え尽きた。


ダミアンは反撃し、大地から無数の血の棘を突き出す。

だが黒炎の一閃が全てを飲み込み、空間すら歪ませて噛み砕く。

熱波が空気を揺らし、視界を歪ませた。


金属の悲鳴と爆発音が連続し、森は瞬く間に更地と化す。

地面には神の怒りに打たれたかのような深い裂け目が走った。


ダミアンは空中に血の網を張り巡らせ、赤い城壁のように構える。

だがゾアは天からただ一撃――光を吸い込み、次の瞬間に爆発する斬撃を振り下ろす。

血の網は紙のように裂け、数十メートルの黒炎柱が立ち昇る。

衝撃波が全てを押し退け、ダミアンすら後退させた。


怯む間もなく、地中から血の槍がゾアを貫く。

鮮血が噴き出すが、ゾアは目を逸らさず、全てを断ち切るように剣を振るう。

黒炎は竜と化し、咆哮とともにダミアンへ襲い掛かった。


ダミアンは跳び退き、手の中の血剣が震える。

だがゾアは猶予を与えず、漆黒の稲光のように飛び込み、連撃を叩き込む。

衝撃ごとに地面は沈み、足場が崩れ落ちていく。


遠くで見守るマルグリットは、目を見開き、息を呑んだ。

「……何が起きているの……?」


最後の大技がぶつかり合い、凄まじい爆発が一角の森を吹き飛ばす。

ゾアもダミアンも地面を転がり、深いクレーターが残る。


煙が晴れると、戦場には灰と黒炎だけが残り、

ダミアンの額には冷や汗が伝い、瞳にはもはや傲慢さはなく――恐怖があった。

ゾアは血まみれのまま、黒炎の剣を握り、ゆっくりと歩み寄る。


空気は重く、呼吸すら困難。

ダミアンは血剣を呼び戻し、平静を装う。

二人は再び衝突し、剣戟と爆発と炎の咆哮が狂気の交響を奏でる。


そして――最後の一閃。

爆発は残りわずかな森を吹き飛ばし、二人を弾き飛ばした。


ゾアは血を流しながらも再生し、ダミアンは生まれて初めて、自らが押されていると悟る。


遠く貴族たちの観覧席では、全員が立ち上がり、雷鳴のような歓声を上げた。

賭け盤の数字は目まぐるしく動き、ゾアの名は瞬く間に一位へと躍り出た。


作戦司令室では、トップオペレーターたちがスクリーンを凝視する。

ジークがヒトミに目を向けた。

「……終了予定から15分も過ぎてるんじゃないか?」

ヒトミは視線をスクリーンから外さず、口元をわずかに吊り上げた。

「好きなだけ戦わせてやればいい……終わりはいつだって構わない。」

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