第31話
月明かりの下の戦場
静寂な夜の中、月光が燦然と輝く。森はすでに氷の絨毯となり、青く神秘的に光を反射していた。凍てつく大地の上に、ゾアは立っていた。体には無数の傷が刻まれているが、屈せず、戦士のように堂々としている。目の前には、既に消滅した二体の分身――静かでありながら激烈だった戦闘の残骸が散らばっていた。
透明な氷の幕の向こう、異空間からミレイユ・ブランシュフルの声が響く。まるで別世界からの響きのように。
「貴様、本当にSランクの生徒だと認めざるを得ないわね。」
ゾアは歯を食いしばり、怒りに震えながら凍てつく森で叫ぶ。
「もう逃げるな!自分の称号に相応しい戦いをしろ!俺を早く殺すつもりじゃなかったのか!?」
その叫びに応えるかのように、突如として風を裂く音が背後から響く。無数の氷の棘が信じられない速度で飛んでくる。鋭い本能でゾアは体を旋回させ、弧を描く斬撃を放つ。白光と黒炎が交錯し、全ての棘を粉砕――まるで凍てつく夜にガラスを断ち割るかの如く。再び一体の分身が消滅する。
「結局、逃げることを選んだか……だが、影が何体あろうと、全て潰す。」ゾアの声に炎の如き決意が宿る。
彼は氷の中に現れる影めがけて突進する。道中、地面から鋭い棘が次々と生じ、まるで大地そのものが進撃を阻もうとする。しかしゾアは止まらない。剣を振る度に光が爆発し、障害を切り裂く希望の閃光となる。
今度は巨大な氷の鳥が現れ、彗星のごとく襲いかかる。凍てつく力が全てを覆い、森は冷たい白の祭壇と化す。ゾアは一歩も退かず、全力を込め垂直に斬撃を放つ。黒炎が剣を包み、白光と共に空を裂く。二つの力が衝突すると、天地が揺れる。氷の鳥は粉々になり、雪のように降り注ぐ。しかし、ゾアも完全ではなかった。反動で体が痺れ、よろめく。
休む暇もなく、ミレイユは巨大な氷の壁を築き、ゾアを凍結迷宮に閉じ込める。顔に不安が浮かび、冷や汗が頬を伝う。ゾアが顔を上げると――
巨大な氷の剣が、空から降り注ぐ。 星のように輝き、死神の鎌のごとく地上を貫こうとしている。
ゾアは痛みをこらえ、残りの力を振り絞る。黒炎が再び燃え上がり、剣と腕を包む。髪は黒に白が混ざり、瞳は鋼鉄の如く強固。彼は剣を振り下ろす。
その瞬間、周囲の空間が白黒に染まる。すべてが凍結し、まるで時間まで止まったかのよう。動けるのはゾアだけ――生命が奪われた世界で。ひと息――そして斬撃は命中する。
巨大な剣は真っ二つに割れ、爆音と共に粉々に崩壊。空は裂け、木々は倒れ、大地は地震のように揺れる。ゾアは片膝をつき、死神の手から生還した者のように荒い息をつく。
遠く、ミレイユ・ブランシュフルの声が響く。
「一撃で空を裂いた……もし貴様のエネルギーがもっと高ければ、戦場すべての悪夢になっていたでしょうね。」
ゾアはゆっくりと立ち上がる。重く、傷だらけだが、瞳の光は消えていない。
「生き残るためだけにこの技を使わねばならないなら……なぜ貴様が自信満々なのか、少し理解できた。」
彼女は意味深に微笑む。
ゾアは目を閉じ、深く息を吸い込む――そして夜風の如く再び突進する。黒炎が再び燃え上がり、恐るべき斬撃が空間を裂く。黒炎は高く巻き上がり、まるで地獄の火柱が天へそびえるようだ。
だが――その猛烈な攻撃に応えたのは、糸のように細い一振りの剣。全ての力を止める、断固たる防御。迷いもためらいもない。
「私が戦うために能力を使うだけだと思ったか?」ミレイユの声、冷たく鋭利。
依然として分身ではあるが、今度は本物の剣で戦う。ゾアは驚き、後退する。全力の斬撃が容易く防がれ、鼓動が高まる。
疑う余地はない――ミレイユもまた真の剣士だ。
主導権を握らせるわけにはいかない。ゾアは体中に黒炎を纏い、再び突進。二つの剣が衝突し、鋭い斬撃が夜を切り裂く。黒炎と氷の青光が激突。ミレイユは一歩も譲らず、動きは正確無比。彼女は感情で戦うのではなく、完璧な技術で戦うのだ。
次第に、ゾアは気づく――相手の瞳が揺らぎ始めている。黒炎は物理的破壊だけでなく、精神にまで影響を与えていた。異空間の本体も揺れ動き、戦況に波紋を及ぼす。
戦いはまだ終わらない。
だが、均衡は徐々に傾き始める。
初めて、ゾアは勝機を見た。
黒炎――ゾアの剣を包む炎――は自然の火ではない。通常の熱を持たず、水や元素では消せない。超自然で、静かで絶望的。漆黒の夜の如く、光なき深淵の如く。
人々はそれを様々な名で呼ぶ――「地獄の炎」「懲罰の霊火」「ヴォイドの吐息」。黒炎は肉体だけでなく魂さえも焼き尽くす。存在の本質を引き裂き、残るのは灰ではなく、絶対的な虚無。何も、何魔法も、何聖遺物も、この破壊の前では無力である。
その起源――禁忌の伝説である。
黒炎の伝説
伝承によれば、黒炎はかつてガイアの一部であった存在、アンブラフレイム――魂を焼き尽くす者によって初めて生み出されたという。彼は元来、地中に生きる原初の炎であり、生命の光として存在していた。しかし、誰も理解できない理念のため、アンブラフレイムはその根源を裏切り、最深層の地獄へ身を投じた。そこにはもはや生命はなく、ただヴォイド――理性の及ばぬ虚無の空間だけがあった。
無限の時の穴から復帰した彼は、生命を宿さぬ破滅の炎を携えて現れた。その力で世界は震撼し、偉大なる女王は十色座全員を召喚して対抗した。戦いは人類とは無関係な場所で繰り広げられ、以来、十色座の一席は空席のままだった。かつてアンブラフレイムもその一員であったためである。
時の埃に伝説は薄れゆく――だが、今ゾアが握る剣――黒炎が渦巻くその刃――は警鐘の如く甦る。
その剣――形状もエネルギーも――かつてアンブラフレイムの手にあったものである。
そして今、それはゾアの手の中で蘇った。
誰もなぜゾアがそれを所有しているか知らない。誰も、ゾアが剣を制御しているのか、剣がゾアを操っているのかも知らない。しかし、黒炎が立ち上がり、氷と森を焼き尽くし、天空を裂く斬撃を放つ瞬間――それを目撃した者たちは一つの事実を理解した。
戦っているのは、ただのSランクの生徒ではない。
古の災厄の記憶――今、生き返ろうとしているものである。
「まだ黒炎の力を完全には引き出せていないが…」ゾアは冷静に言い放つ。眼光は鋭い刃のごとく光る。
「…どうやら、君にも効いているようだな、ミレイユ・ブランシュフル。」
その言葉は、彼女の瞳に残る氷の薄膜を突き破る矢のように刺さった。選択肢を失ったミレイユは突進し、手にした蒼い剣で空中に致命の軌跡を描く。顔は険しく、苛立ちが浮かぶが、その動きは狂いなく、斬撃はまるでプログラムされたかの如く正確だ。
二人は死の舞踏に巻き込まれる。
剣と剣の衝突が凍てつく空間に響き渡る。連打の応酬、譲る者はいない。二人とも、まるで最後の呼吸をするかのように戦う。
突如、ミレイユの鋭い突きがゾアに襲いかかる。剣先がこめかみをかすめ、髪を少し切り裂いた。黒い髪が空中に舞い、月明かりを反射する。ゾアは歯を食いしばり、瞬時に回避し、下から逆に斬撃を振り上げた。
弧を描く斬撃から黒炎が迸り、闇を裂く。予期せぬ攻撃に、ミレイユの分身は避けられず、受け止めるしかなかった。血は流れないが、衝撃と反動で体が揺れる。ゾアは隙を逃さず、回転して強烈な蹴りを放ち、彼女を数歩後退させる。
隙を与えず、ゾアは突進し、連続斬撃を放つ。剣ごとに旋風が巻き起こり、黒炎が叫ぶ。ミレイユは防御に全力を注ぐ。しかし、わずかな隙を見逃さず、彼女は屈んで地面を滑り、突然足を払う。
ゾアは反応できず、雪の上に倒れ込む。剣は胸めがけて突進。瞬間、ゾアは剣を受け止める。
カン!
金属の衝突音が耳を突き抜け、衝撃が二人を襲う。ゾアは歯を食いしばり、手が振るえる。対面のミレイユも容易ではない――息は荒く、表情は極度に緊張している。
ゾアは力を込め、腹を蹴って彼女を吹き飛ばす。
血まみれ、傷だらけの体でゾアは息を整え、立ち上がる。ミレイユもまた、分身ではあるが明らかに力尽きつつある。体は震え、動きは深淵から引きずり出されるかのようだ。
決定的な瞬間が迫り、ゾアは突進して連続斬撃を繰り出す。爆音が冬の空に響き、静寂な空間を吹き飛ばす。
戦いは続く。二人は休むことなく――まるで終わりなき戦いのように。
「長期戦になったな…」ゾアは息を荒くして言う。
「…向こうも片付いたようだ。」
「片付いたなら、援軍はもう到着しているはずでは?」ミレイユは声をかすれさせつつも、皮肉を交える。
実際、アコウたちはナサニエルを救出し、計画通り撤退していた。大きな被害を残さぬよう、迅速に行動したのだ。ルーカスとキングも、重傷を負いながら戦場を離れている。
しかし、ここでは――戦いは終わっていない。
ゾアとミレイユは、最後の体力を振り絞り、剣を交える。
突然の斬撃でゾアの剣は手から飛び、背後の地面に突き刺さる。しかし慌てず、ゾアは跳ね返り、雪の上で転がり距離を取りつつ、剣を取り戻す。地面の剣に正確な蹴りを入れ、空中で回転させ、視覚を攪乱する。
回転する剣はミレイユに防御を強いる。瞬間、ゾアは跳ね上がり、剣の柄を掴むとそのまま真っ直ぐに、躊躇なく斬撃を放つ。
白光が戦場を横切り、黒炎が叫ぶ――斬撃は分身を貫く。
反動の爆発は避けられない。ゾアは手で防ぐしかない。
ドカン!
爆音が天を裂く。ゾアは雪の上を転がり、血で染まった体を起こす。それでも立つ。
分身は塵と化す。
そして空中から――天使のごとく――ミレイユ・ブランシュフルが姿を現す。髪はなびき、瞳は月光に輝き、黒炎の効果は消え去っている。自信に満ちた微笑み。まるで重い岩を胸から取り除いたかのようだ。
「さあ、」彼女の声は静寂な夜に鐘のように響く。
「ゾア、今度はどうやって私を倒すつもり?」
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