第29話
古びた教会の戦場にて。
戦闘はなおも続いていた。どちらの陣営も屈せず、妥協の気配もない。濃密な塵の中、血の匂いと曼珠沙華の香りが混ざり合い、二つの力の衝突は空間を破壊しようとするかのようだった。
外では、ルーカス・フォン・シュタインが立ち尽くし、目を大きく見開いた。そこに見覚えのある顔――ナサニエル――があり、対峙するのは死の気配と魅力を纏った少女、マルグリット・ド・ノワールヴェイルだった。
ルーカスはすぐにイヤホンを繋ぐ。
—「アコウ、この戦い……どれくらい続いている?」
受話器の向こう、アコウの声は落ち着いていたが、わずかに心配が滲む。
—「一時間以上になる。二人とも互角で、まだ優勢を握った者はいない。」
現場にいないアコウは、装置を通して観察するしかなかった。彼が本当に探しているのはナサニエルやマルグリットではなく――カード、そして特にアユミの所在だった。
—「介入するな、ルーカス。」アコウの声が低くなる。「ナサニエルの真の実力を見たいのだ。」
戦場に戻る。
ナサニエルは連続して銀河の切り裂きを放つ。鮮やかで危険な光線は空間を裂き、宇宙の光の軌跡を描くと同時に、殺気を撒き散らす。
その猛攻の中でも、マルグリット・ド・ノワールヴェイルは微動だにせず、赤い花のように切り裂きの間をすり抜け、正確無比に反撃する。
ナサニエルは攻撃のたびに相手を劣勢に追い込もうと試みる。下から上への一撃が宇宙の光を描き、瞬間に空間を裂き、形成された鎖の防御を粉々にする。
隙を突いて、ナサニエルは広範囲の連続斬りでマルグリットを追い詰める。しかし、彼女は容易に倒れる者ではない。赤く輝く曼珠沙華の鎖で厚い防御層を作り、攻撃をすべて防ぐ――だが、その防御もまた、粉々になってしまう。
そしてナサニエルは瞬間移動する。刹那、マルグリットの隣に現れ、鋭い刃を腹に突き立てる。皮膚に触れる――冷たい「シュッ」という音が響くが、貫通はしない。血は流れるが、致命傷には至らない。
なぜか?
この世界は弱者の法則に従わない。すべてはエネルギー値で測られる。通常の人間なら壁に打ち付けられれば倒れるが、ここでは高いエネルギー値があれば、身体で壁を粉砕できるのだ。
この世界で人を殺すには――力だけでなく、時間、忍耐、あるいは限界を超えた破壊力が必要だ。エネルギー差や、ルーカスが用いたような特殊スキル――それこそが相手の命を終わらせる条件。あるいは十分な差がなければ、致命の一撃を通すこともできない。アッカがかつてキングに、ゾアがマクシミリアン・アドラーに行ったように。
戦いは続く。
突きが外れた直後、ナサニエルは刃を納めて至近距離戦に移る。凝った技や眩い光はなく、技術と速度、そして生存本能のぶつかり合いだ。
互いに正確無比な素手の攻防を交わす。拳、回避、関節技――すべてが高い殺傷力を持つ。マルグリットは木属性の力でナサニエルの脚を地下の赤い根で拘束する。ナサニエルは即座に回避の瞬間移動で致命打を避ける。
休む暇を与えず、マルグリットは消え、ナサニエルの背後に現れ、手にした赤い剣を振りかざす。ナサニエルは身体をひねり、銀河の光を帯びた刃と、赤いバラの光を帯びた剣が交錯する――衝撃で空間が震え、花びらが舞い上がり、破壊の竜巻となる。
二人は押し戻される。
ナサニエルが体勢を整えた瞬間、四方から血のように赤い鎖が飛び出し、彼を絡め取る。瞬間移動で回避するも、勢いが足らず転倒する。すぐさま起き上がる。
マルグリットは攻撃の隙を逃さない。胸に蹴りを入れ、ナサニエルを数歩押し戻す。応戦して銀河の斬撃で空間を切り裂き、マルグリットに命中。しかし彼女も剣を振るい、赤い切り傷がナサニエルの腹に走る。
血が飛び散る。二人はよろめき、立ち止まる――衣服は血に染まり、呼吸は荒く、視線は互いを焼き尽くすかのようだ。
遠くで、観戦していたキングは驚きを隠せない。
—「クレイヴ……こんな化け物を抱えているのか?」
観客席にて。
貴族たちはモニター越しに歓声を上げる。名はマルグリット・ド・ノワールヴェイル。Sランク。その価値は秒ごとに上昇していた。
アコウの拠点にて。
フェリックス・ウェーバー、ブラウン、アコウは画面を見つめる。影が入ると空気が変わる。ブラウンは立ち上がり、警戒する。
—「何だ?問題を起こすつもりか?」
現れたのはシェン・ユエ――まだ包帯に覆われた身体、しかし瞳は揺るがない。
—「戦いに来たのではない。ナサニエルが……勝つために、アコウの存在が条件だと言った。」
ブラウンは眉をひそめる。シェン・ユエはかつての敵――だが今日は助力を求めている。
アコウはいつも通り落ち着いている。
—「私はこの戦いに関われない。頼む相手を間違えている。」
—「なぜ?」シェン・ユエは疑問の眼差しを向ける。
答えは部屋全体を凍りつかせる。ルーカス――イヤホン越しに――目を見開く。
—「Les Fleurs Mortellesの副リーダーはミレイユ・ブランシュフル……かつて私が心奪われた人物の一人だ。彼女と対峙したくない。」
空気が一気に重くなる。
回想が走る――入学試験で、アコウとイチカワがLes Fleurs Mortellesと遭遇。戦闘はなく、ただアコウが突如……ミレイユに告白。イチカワは唖然。リーダーは即座にイチカワの頭を殴りつけ、見つめすぎた罰を与える。アコウは拒絶されるも、なお彼女の瞳に魅せられていた。
戦場に戻る。
戦闘は新たな段階に移行した。遠距離攻撃はなくなり、華麗な技も消え去った。今や一対一の戦い――純粋に技術と精神のぶつかり合いとなっていた。
二人は斬りながら動く。剣の一撃はたとえ空を切っても周囲を破壊する威力を持ち、遠くから見ると、銀河の光と赤が渦巻き、狂気の中で絡み合う二つの銀河のように見える。
血が絶え間なく流れる。
金属のぶつかり合う音は、廃墟となった教会に死の鐘のように響き渡る。地下では、残るチームのメンバーは顔を出すこともできず、リーダーの言葉が頭にあった:「命令があるまでは出るな。」
時間の経過。
二時間――休むことなく。
両者の身体は血に濡れ、息は荒くなる。目はまだ炎のように燃えているが、手は重く、足は疲弊していた。
マルグリットは柄を握りしめ、息を切らしながら、声を震わせて言う。
—「……しぶといわね、この忌々しい奴……」
ナサニエルは一歩下がり、口元にわずかに笑みを浮かべた。
—「なら、ここで終わらせよう。最後の一撃で――どちらが倒れるか、俺も知りたい。」
マルグリットは微笑む。血の野原に咲く曼珠沙華のように、鮮烈な笑み。
—「いいわよ。」
マルグリット・ド・ノワールヴェイルの位置から、彼女はゆっくりと赤い剣を高く掲げる。その動作は一見単純だが、周囲の空間を引き裂くかのようだ。地面が微かに揺れ、冷たい空気はまるで生命を吸い取られたかのように乾き、足元のバラの花びらはひとつずつしおれ、星屑のように消えゆく。周囲の生が一瞬凍りつき、そして――彼女の手にした剣の紅蓮の光に溶けていく。
剣はもはや武器ではなく、裁きの柱となった。赤く輝く光が高く昇り、天を焦がす炎柱となり、怒りで物理法則を塗り替えるかのように天に突き刺さる。戦意、血、憎悪から精練された巨大なエネルギーがマルグリットに集まる。彼女の体から放たれる魔力の波動に、観察者たちは無意識に身震いし、後ずさる。目を見開き、まるで古の処刑儀式の再現を目撃しているかのようだった。
対峙するナサニエルは動かず、武器を掲げず、両手を組み、相手を見据える――恐怖はなく、ただ受け入れる覚悟の視線。空には銀河の破片が現れ、鮮やかに輝き、時間が死の中で巻き戻るようにゆっくりと渦巻く。
空中を、記憶の断片が静かに流れる。巨大なピアノが白い部屋にあり、ナサニエルは目を半閉じにして演奏する。次に、宇宙に浮かぶ白い階段を孤独に歩く姿――一歩ごとに記憶を踏みつけるかの重み。そして最後に、顔を伏せ、両目の端から赤い血が流れ落ち、悲しみの顔に世界への別れを描く。
銀河はもはや光らず、死後の虚空のように静まり返る。美しくも恐ろしい静寂――これがナサニエルが繰り出す究極の一撃の象徴だ。破壊の交響曲、絶滅の瞬間の沈黙の詩。
そして、二人は同時に動く。
マルグリットは叫び、赤い剣は眩い光を放ち、運命を断つ一撃を振り下ろす――まるで自身の存在すべてを一振りに託すかのように。剣の光は空を裂き、ナサニエルに向けて宇宙の血の怒りとして降り注ぐ。
同時に、ナサニエルは銀河の斬撃を何百本も空間に描く。一本一本が記憶の一部、悲しい旋律、時間に刻まれた裂け目。渦巻く軌道を描き、マルグリットの立つ場所へ一直線に飛ぶ――空間をねじ曲げる威力で。
二つの一撃が衝突する。
触れた瞬間、すべてが停止――そして、凄まじい爆発音が響く。空が裂け、建造物の一部が崩れ、壁は卵の殻のように砕け、屋根は衝撃波で引き裂かれる。地面が裂け、巨大な石が弾き上げられる。
戦場は一瞬にして地獄と化す。灰と塵が舞い上がり、放射性の雨のように空間を満たす。衝撃波はキングとルーカスを巻き上げ、葉のように吹き飛ばす。キングは即座に意識を失い、全身血まみれ。ルーカスは座り込むが、衝撃で言葉も出ない。
これは半神級の破壊戦闘だった。
二人――ナサニエルとマルグリット――は教会の廃墟の階下へ吹き飛ばされる。瓦礫、灰、残照の光が彼らに降り注ぎ、栄光の残滓が焼かれ尽くすかのようだった。
幸い、Les Fleurs Mortellesの他のメンバーはそこにはおらず、遠くから観察している――まるで中世の魔女が血の儀式の結末を見守るかのように。風が塵を運び、血と乾いた花の香りを空間に広げる。
ナサニエルは動かず横たわる。重傷で、マントは赤く染まる。しかし、目は開かれており、薄く曇り、涙が滲む――そして最後の言葉が、奈落の底からこぼれ落ちる。
「……俺は、敗北したのか?」
対面では、マルグリット・ド・ノワールヴェイルが倒れた書棚にもたれかかる。呼吸は途切れ途切れ、痛みに顔をしかめ、胸や肩、首から血が滲む。それでも口を開き、疲れた目でなお冷徹さを保つ。
「違う……私たち、引き分けよ。」
すぐに、ナサニエルの目が閉じる。彼は漂う灰の中で意識を失い、爆発の赤い残光に包まれる。
その瞬間、闇が動く。
Les Fleurs Mortellesが到着する。黒一色の衣装を纏ったメンバーたちは、夜の影の中で幽霊のように現れる。言葉はない。副リーダー・ミレイユ・ブランシュフルだけが一歩前に出る。目は石のように冷たく。
彼女は意識を失ったナサニエルを見下ろし、振り返って言う――風のように柔らかい声だが、死を示唆する。
「ご苦労、リーダー。さて……この男をどうする?殺してしまえば、クレイヴごと消滅させられるけど。」
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